2012年7月8日日曜日

「当たり前の増税議論」に欲しい国家観

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当たり前の政治が欲しい」で、財政問題がテクニカルな議論ではなくて、感情的な精神論に陥っていると批判されている*1。財務省陰謀論が増税反対の背景にありそうなのは感じなくも無いが、それでは「当たり前の増税議論」にならないので、当たり前の事を述べてみたい。

増税反対派の主張が、なぜ説得力を持たないかだ。テクニカルな理由を装って、自身の国家観を隠しているからだと思う。

1. 財政破綻のリスクはある

財政は急激に悪化の一途を辿っており、“破綻”リスクはある(日本の財政関係資料)。1997年にはGDP比100.5%だった債務残高が、2012年には219.1%に達しており、公債金収入が47.9%と歳入のかなりを国債の発行で賄っている。日本には大きな貯蓄超過があるため問題にはなっていないが、債務拡大ペースは由々しきものだ。

外貨建債務の無い日本政府がデフォルトする事は考えづらいが、名目金利を抑えた状態で日銀引受が発生し、10%かそれを超えるインフレーションが発生する可能性はある。ブラジルやアルゼンチンのような数千%のインフレになるかは疑わしいが、資本逃避等の混乱発生は考えられる。

2. 増税がもたらす負の効果は限定的

増税反対の主張の柱は、景気に対する負の影響であろう。IS-LM的に緊縮財政を取ると国民所得が減ると言うのは分る。ただし、財政破綻されてしまうと困るので、増税か歳出削減しか選択肢が無い。

また、当面は歳出削減は行われず、恐らく歳出拡大になる*2。東日本大震災の復興作業があるからだ。するとケインズ政策的には景気拡大になる。その後の歳出削減では社会保障費の削減を行う事になるが、社会保障費は移転所得といって、IS-LM的には景気中立的になる*3。増税するか社会保障費を削るかは、国民所得の議論からは遠くなる。

消費税アップ後に需要反動が来る事はわかっているのだが、影響は限定的である事も指摘されている*4

3. 経済成長効果で財政再建を期待するのは非現実的

名目成長率が上がれば財政破綻しないって? ─ 実質成長率が5.5~6%ぐらいあれば、増税なしでも乗り切れると言われている*5。高度成長期なみの実質成長率か、インフレ率よりも名目金利をかなり低くする人為的低金利政策が必要になる。また税率と実質成長率の関係は、明白ではない*6

4. 議論すべきは増税と歳出削減のバランス

税率を下げたり維持しても実質成長率が高まる事を期待できないので、財政破綻回避のために増税と歳出削減は必要だ。増税と歳出削減のバランスは、歳出削減の対象が主に高齢者に関連した社会保障費であり、経済に与える影響は限定的なので、シバキで行くのか福祉国家を目指すのかは、道徳的な議論になる。

5.「当たり前の増税議論」に欲しい国家観

こういう面*7は、徐々に理解されてきたように思える。消費税アップ後も現状の給付水準を維持する事は不可能なので、今後も重要な観点になっていくはずだ。つまり、政党の要綱として福祉国家を目指すのかシバキ国家を目指すのかを標榜し、政党のマニフェストとして政策手段を明記するのが当たり前の政治と言う事になると思う。

*1テクニカルな議論は専門家に任せるべきともあるが、増税反対派も専門家を名乗っている。

*2増税と歳出拡大のポリシー・ミックスは、IS-LM的、もしくはケインズ政策的に国民所得を向上させる。ただし、江口(2012)は90年代以降の公共投資(社会的資本)が期待したほどの経済効果を生んでいない事を指摘しており、景気回復効果があるかは議論の余地があるかも知れない。

*3IS-LMのフレームワークを超えると、色々な影響が考えられる。失業保険などを充実すると労働意欲が限定するため、国民所得は低下する。消費性向の低い金持ちから、高い貧乏人に所得再配分を行えば景気は良くなるかも知れ無い。また、教育面などで公平性を維持した方が、経済成長に寄与するとも考えられている(関連記事:所得再配分は経済成長につながる)。

*41997年のときは何だったのかと思うかも知れないが、駆け込み需要の反動と、消費の長期下降トレンドで説明できると考えられる(Cashin and 宇南山(2011))。

*5Arai and Ueda(2012)は世代重複モデルを用いたカリブレーションで維持可能な基礎的財政収支の赤字と経済成長率を分析している。Imrohoro˘glu and Nao Sudo(2011)は実質3%成長、消費税15%でも破綻するとしている。

*6OECD(2008)のP.26の65節を参照。日本は高度成長期の方が租税負担率が高い事や、高税率で知られる北欧諸国の経済成長率が日本と比較して低くない事からも、直感的に言えるであろう。

*7EU労働法政策雑記帳で『「財政に依存」=癒着だ甘えだ不公平だ歪みだ的な、でそこをとても大きな問題と捉える価値意識』と引用されていたが、分りやすい表現だと思う。

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