ある社会学を学んだ女性エッセイストが、ネットで集中的に非難を浴びて、つまり、炎上して心が折れて自殺したくなったと言っていた。ネットの住民を批判したげではあったが、控えめにいっても彼女の文章は隙だらけで、それが理由で炎上を招いていたように思う。作文にある隙をなくせば、炎上を防止し、心が折れないようにする事は可能であろう。彼女のようなメンヘラ状態にならないために、最低限、努力した方が良いと思う点をまとめてみた。
2016年9月27日火曜日
2016年9月25日日曜日
人工透析は健康保険の対象外とする前にできること
アナウンサーの長谷川豊氏の人工透析は健康保険の対象外とすべきと言う主張*1について、多くの非難が寄せられていたようだ。表現がポエムで論点が分かりづらいのだが、不健康な生活が腎機能の低下をもたらしたのであって透析患者の多くは自業自得であり、健康な生活を続けている人に余計な負担をかけていると主張したいらしい。
吉田証言の他にも山ほどあるクマラスワミ報告書の問題点
「慰安婦の真実国民運動」なる団体が、1996年1月4日に出たクマラスワミ報告書に関して、いまさら文句を国連につけようとしている(産経新聞)。20年近く経ってから文句を言っても始まらない気がするが、それはさておき、クマラスワミ報告書で訂正すべきは吉田証言と言う誤解で話をしている人をチラホラ見かけるので、他にも大きな問題があることを指摘しておきたい。
2016年9月18日日曜日
人々にワクチン接種をさせる方法
ワクチン接種は病気を予防し程度を抑えるモノなので、個人が自己責任ですれば良いと思うかも知れないが、公的に強制もしくは奨励する意義は色々とある。子どもが自分で情報を集めて予防接種するのは無理であろうし、保護者もその重要性に気づかないことが多いであろう。また、全ての人が予防接種ができるわけではない。生まれた瞬間は誰しも無防備だし、虚弱体質でワクチン接種ができない人もいる。だから、免疫力のある個体を増やして流行を抑えることは社会にとって重要だ。しかし、どこの国にもワクチン接種を拒絶する人々は一定数いて、問題になっている。ワクチン接種拒絶者にどう接するべきであろうか。
2016年9月15日木曜日
蓮舫議員の二重国籍問題に関して知っておくべきこと
特に何も無いと言わないように。
さて、蓮舫議員の国籍問題がネット界隈で盛り上がっている。日本に限らず政治家の国籍が問題に挙げられることはあるのだが、今回のケースにおいてどのような問題があるのか、よく整理している人はいないようだ。気にしていない人も多いし、冷めかかっている気もするが何かと議論にもなっているので、論点についてまとめておきたい。
2016年9月12日月曜日
社会学者の卵の古谷有希子の統計知識の問題点
「仲間内では実証主義者め!とジョークで笑われている」社会学者の卵の古谷有希子氏に、前のエントリーで収拾したデータを不適切に扱っている上に、仮に分析が適切でも結論を支持するものにはならない事を指摘したら、「データの信頼度なんて人命や人権に比べたらクソくらいの価値」と言い出した。社会学イデオロギーの存在を主張している私から見ると良い事例なのだが、それはさておき危うい統計学の知識を披露し続けているので、指摘したい。周囲の社会学者は彼女の不満に同意するだけで、何も突っ込まれない裸の女王様状態になっているようだ。
数学の有用さを語る前に読んでおきたい「実験数学読本」
定期的に、数学は何の役に立つのかと分からないと言っている人の話を見かける。四則演算ぐらいならば万人が使うし、多少は高度な解析学や線形代数も研究職や技術職ならば避けては通れないのは周知なのではあるが、そのような発想にいたった理由も分からなくも無い。数学が独立した科目として成立しているため、学習中に現実の事象との接点が見えないのであろう。なお悪い事に高校までの物理は、なるべく数学に依存しないように工夫をしてしまっている。数学は何かと役立つと力説していても、実際に自分が数学と現象をどれぐらいつなげられるかを考えたときに、心もとない人々は少なくないはずだ。
2016年9月10日土曜日
日本は共働き社会になっているし、北欧も男性が稼ぎ手である
社会学者の筒井淳也氏が『なぜ日本では「共働き社会」へのシフトがこんなにも進まないのか?』と言うエッセイを出していて、日本は仕事と家庭の両立支援制度が弱く労働規制が緩いため未婚化が進んでいると主張していたのだが、(1)日本は「共働き社会」へのシフトが進んでいない、(2)北欧などで「男性稼ぎ手モデル」が無くなった、(3)男性所得が不足していると言う前段部分が、事実認識がおかしいか、説明不足になっている気がするので指摘したい。
2016年9月7日水曜日
社会学者の卵の古谷有希子のデタラメな数字について
ask.fmで「強姦被害者を黙らせる日本 女性を抑圧する社会ほど、強姦事件の認知件数が少ないことを示すデータ」と言う社会学者の卵の古谷有希子氏のエッセイについてどう思うか質問を受けたので、古谷氏が収拾したデータを著しく不適切に扱っている上に、仮に分析が適切でも結論を支持するものにはならない事を指摘したい。社会学としては問題ないのかも知れないが、社会科学としては一般誌向けの記事としても問題であろう。
2016年9月3日土曜日
チケット転売反対の真の目的
アーティストが連名でチケット転売に反対を表明するサイトが作られ、それを契機にチケット転売に対する賛否が表明されている。一般の経済学の文脈においての分析の紹介は大阪大学の大竹文雄氏が詳しく紹介されている*1が、それらとは違った視点で考えてみたい。何故、このような反対声明文が作られたのであろうか?