定期的に、数学は何の役に立つのかと分からないと言っている人の話を見かける。四則演算ぐらいならば万人が使うし、多少は高度な解析学や線形代数も研究職や技術職ならば避けては通れないのは周知なのではあるが、そのような発想にいたった理由も分からなくも無い。数学が独立した科目として成立しているため、学習中に現実の事象との接点が見えないのであろう。なお悪い事に高校までの物理は、なるべく数学に依存しないように工夫をしてしまっている。数学は何かと役立つと力説していても、実際に自分が数学と現象をどれぐらいつなげられるかを考えたときに、心もとない人々は少なくないはずだ。
1. 事象と実験を数理につなぐ本
そんなあなたの数学有用論に広がりを持たせてくれる便利な本が出ていた。「実験数学読本」だ。「真剣に遊ぶ数理実験から大学数学へ」と副題がついているが、身近な事象や簡単な実験結果を、数理的に解析していく方法を大雑把に説明する内容になっている。微分方程式の本で各種の応用を紹介した本は良く見るが、本書はもっと数学的に広い内容を取り扱っているし、解析解を与える事にこだわりは無い。元は数学セミナーに連載していた内容だそうだが、数学と言うよりは物理の本に近いかも知れない。メトロノームの同期の話など、物理学としてはもう少し説明してくれても良さそうな所もあるが。
2. 凡人でも科学する心がくすぐられる
ぱらぱらっとめくると「ハイジの危険なブランコ」が目に入る。しっかりブランコの揺れ幅が大きい場合も計算に入れている。アルプスの少女ハイジの絵が無いのが残念だが、全国の小学校教員ともども、これは読まねばならぬだろう。振り子の運動に関する小学校の指導内容が、近似計算を正確な値だと勘違いして構成されていると物理学徒が批判しているのだが、彼らが言いたいことが良く分かるようになる。途中で必要になる第一種実楕円積分を解くためのランデン変換の説明も省略されており、計算機で数値を求めて終わりになっているのは、ちょっと残念な所であった。他にも複数のメトロノームが勝手に同期していく話と、お湯の方が水よりも早く凍るというムペンバ効果と言う、テレビ番組などで馴染みのある現象の数理が説明してあり、凡人でも科学する心がくすぐられるようになっている。
3. 大学レベルの事前知識は必要
難易度は、しっかり理解して行きたい人には高めだと思う。高校の物理学の知識は、要求されている。数学は、マクローリン展開や常微分方程式の解法などが説明されないだけではなく、ベクトル解析の知識も前提とされているようだ。変分法とグリーンの公式の説明はあったが、これらも他のテキストで改めて学ぶ事を期待されている。最後の章だけだが、rotとdivが出てくるのが文系にはつらい。題名が「読本」だから、ざっと目を通して後の学習でしっかり意味が分かるようになれば良いと言う事か。また、数学の説明は深く理解するためのヒント的なものがあり、例えばニュートン・ラフソン法は説明されるが、教科書のようにテイラー展開から漸化式を導出するのではなく、漸化式がどういう理屈で収束するのかを縮小写像の原理から説明するようになっている。付録的な第0章を除いては、各章各節の独立度は高いので、興味が沸いたところだけを読む事もできる。
4. 数学を学べと説教をたれる老害になるために
そこで使われている数学が分かっているからこそ楽しい本な気もするのだが、わかっていなくてもそこに書かれた数学がどこにつながっていくのかは理解できると思う。なぜか「ハイジの危険なブランコ」で満足してしまって読み進まないのだが、若者に数学を学べと説教をたれる老害になるためには、ここに書かれている事ぐらいは理解せねばならぬのであろう。しかし、ボロノイ分割やヘレ・ショウ問題など分からない言葉があった私は、まだまだ非常識な自分を自覚できるぐらい。しょっちゅう見ている地図で使われているメルカトル図法の話のように、比較的簡単な話も良く知らなかった。ナビエ・ストークス方程式など、名前だけ聞いたことがあって避けて通っているものも多い事は告白しておく。立派な老害にはなれそうにない(´・ω・`) ショボーン
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