現代ビジネスの馬淵澄夫衆院議員の記事へ、経済評論家の池田信夫氏が難癖をつけている。
馬淵氏が主張しているのは、インフレ発生時の名目金利の上昇時には、金融機関の保有債券の評価損と同時に、景気回復効果による貸出先の投資拡大が発生している為、必ずしも金融機関の経営悪化につながらないと言う事だ。
細かい粗が無いわけではないが、その要旨については概ね説得力があるように感じる。
1. 馬淵氏の主張はクルッグマンのモデルが背景とも考えられる
池田氏は「基本的な経済理論を理解していない」と馬渕氏を批判しているが、本論部分ではそうとは言えない。高いインフレ目標から長期の低金利を約束することで、民間投資が拡大する事により、インフレ率が上昇するメカニズムによる。インフレ率上昇よりも前に民間投資が拡大しているので、名目金利が上昇していても、それは景気回復の結果だと考える事ができる。
既に量的緩和が十分に行われている状態で、さらに量的緩和を行う意味がどの程度あるのか*1、さらに名目金利が上昇する局面で円安になるのかは疑問がある*2が、インフレ目標の引き上げを謳っている以上は、ノーベル賞経済学者のクルッグマンの「復活だぁっ!日本の不況と流動性トラップの逆襲(山形浩生訳)」の理論的フレームワークだと考える事ができるであろう*3。
2. 設備投資と名目金利の因果関係を逆に解釈するのは難癖
難癖だなと思うのは、池田氏は馬淵氏が『金利の上昇1%で[・・・]設備投資の活発化』を主張しており経済学を理解していないと批判しているが、該当部分は二つの独立した分で因果関係は主張していない。
金利の上昇1%で影響を受ける部分は株式以外の証券195兆円の部分になると思われる。
一方、デフレ脱却による株価の上昇や設備投資の活発化、企業収益の改善、円安などを考えると、貸出465兆円の質の改善が見込める。
馬渕氏の主張では、恐らく(1)高いインフレ目標 → (2)民間投資の拡大 → (3)インフレ → (4)名目金利の上昇なのだから、金利上昇が設備投資をもたらす等とは主張していない。だから因果関係をあえて推測するにしても、向きが逆だ。
3. 池田氏はインフレ目標政策の重要性を無視
馬渕氏の文では「更なるインフレ目標の設定や量的緩和などによるマネタリーベース拡大という金融政策を取ってインフレに転じたとき」とあるのに、池田氏の文章では「量的緩和などによるマネタリーベース拡大という金融政策を取ってインフレに転じる」と、インフレ目標に関する部分が欠如している。中央銀行の長期コミットと言う面ではインフレ目標はとても重要*3なのだが。
4. 金融機関の健全性の議論に「実質」金利は関係ない
馬渕氏が議論しているのは、金融機関のバランスシートの問題である。だから名目値が問題になるので、名目と実質をわけた議論は必要ないように思える。池田信夫氏は「名目値と実質値を区別していない」と批判しているが、何でも実質ベースで考えればよいわけではない。実質で会計を取っている金融機関があるのであれば、ぜひ教えて欲しい。
5. デフレの弊害は小さいものでもあると考えられる
デフレが景気にどの程度の影響を与えているかは分からない*4が、流動性の罠にある以上は何らかの需給ギャップの拡大が生じていると考える方が自然だ。なぜなら名目金利を限界に下げても実質金利と自然利子率が一致しないのだから、流動性の罠にはまっているからだ。そういう意味で、デフレ脱却には多少の景気浮揚効果があるはずで、池田信夫氏の「デフレと不況を混同」と言う批判は不適当に感じる*5。
*12003年~2006年の経験では量的緩和を行っても日銀当座預金残高の増大のみがもたらされた事は良く知られており、計量分析も多数行われているが、統計的に有意にインフレ率や為替レートに作用した形跡は確認されていないように思える(関連記事:何だか怪しい量的緩和の計量分析)。
*2一般に短期的には名目金利差が、長期的にはインフレ率の差が為替レートに影響を与えるとされる。
*3著名なマクロ経済学者の伊藤隆敏氏の言葉を借りれば「市場にきちっとした物価目標を提示することで、インフレ期待の安定と、金融市場の安定性を確保する」のがインフレ・ターゲティング。
*42001年~2010年の日本の一人当たりGDP成長率は、EUや米国と比較して低くない(The Economist)。ゆえに「デフレ脱却こそ景気回復の大前提」と言う見出しがどうなのかは議論の余地がある。ただし、本文とこの見出しにほとんど関係は無い。
*5一般に、デフレが景気悪化要因であると理解されている。平成13年度経済財政白書でも「デフレは実質債務負担を増加させ」「実質金利や実質賃金が上昇するため」に「経済を下押ししている」とある。
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