2012年7月28日土曜日

日本は労働市場が硬直的だから労働生産性が低い?

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少し前の記事だが、経済評論家の池田信夫氏がTyler Cowenのブログで紹介していたChristopher Phillip Reicherの論文から、日本経済の問題は労働市場の硬直性が原因だと主張していた(アゴラ)。

思い込みがあるためか、CowenやReicherの主張と少しづれていて、解釈がおかしいように感じる。雇用規制については議論がまだまだ続くであろうし、池田氏のような主張も多いであろうから、問題点を確認しておこう。

1. Reicher(2011)は一人当たりGDP成長率を分解

Reicher(2011)を紹介すると、1970年~2007年のマクロ・データにHPフィルターとFujita-Ramey分解をかけて、一人当たりGDP(Y/L)成長率に対する労働生産性(Y/H)、一人あたり労働時間(H/E)、有職率(E/LF)、労働参加率(LF/N)の寄与率を計算している。結論は、欧州の労働法規が雇用の安定化に役立っているわけでは無いと言うもの。以下は分析結果の表。

統計的な有意性が明示されておらず、厳密な指標ではないので注意。

2. 日本の労働市場に関して強い言及は無い

日本に関しては、景気循環と雇用水準の独立性が強い。しかし、これは労働市場が硬直的である事を意味しない。労働市場が柔軟で、実質賃金が収縮的であれば、景気循環と雇用水準の独立性は高くなるからだ。Reicher(2011)も逃げ腰に書いている*1

Such behavior is inconsistent with the idea that labor market rigidities substantially dampen employment fluctuations in European economies, though the Japanese labor market does appear to be very rigid at a macroeconomic level. (日本の労働市場はとてもマクロ・レベルで硬直的であるように思われるにも関わらず、このような(推定結果の)挙動は欧州経済において労働市場の硬直性が相当に雇用変動を削いでいると言う考えに一致しない)

3. Tyler Cowenも日本の労働市場が硬直的とも言っていない

これにTyler Cowenがブログで、補足的にReicherの他の主張も紹介しつつ、日本経済には長期の生産性の問題が大きいと結論している。しかしCowenも、労働市場が硬直的だから労働生産性が低いとは主張していない

4. 労働生産性の決定要因は多様

池田信夫氏の頭の中では労働生産性がマジック・ワードになっているのだが、GDPを労働力人口×平均労働時間で割ったものに過ぎない。資本装備率が伸びても、資源価格が安くなり交易条件が良くなっても、技術進歩が発生しても労働生産性は向上する。労働市場の硬直性がどの程度寄与するものかは曖昧だ。

5. 生産性成長率は回復し、賃金は収縮的で、雇用規制は緩い

他にも事実認識に欠ける面も多い。まず、90年代の生産性向上の低迷に反して、2000年代は生産性の伸びは向上していたと考えられている(深尾・宮川(2008))。一人あたりGDP成長率と言う分かりやすい統計でも、2001年~2010年は米国や欧州よりも日本の方が高い(The Economist)。また、日本の労働市場は賃下げと言う面では米国や欧州よりもしやすい*2し、雇用規制も欧州よりも緩い*3。これらの事柄を意識していたら、日本は労働市場が硬直的だから労働生産性が低いとは、容易には主張できないはずだ。

*1論文では余り日本に関心が無いように思える。

*2山本(2007)ではパネル・データを用いて賃金の収縮性を分析し「残業手当や賞与に伸縮性があるために、国際的にみても年間給与の下方硬直性の度合いは小さくなっている」と結論している。

*3平成21年度年次経済財政報告の第3-1-12図 雇用保護指標の国際比較を参照。

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