2012年7月18日水曜日

インサイダー取引が規制されている理由の再説明

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以前にインサイダー取引を容易にしておくと、資本市場の縮小もしくは崩壊が起きうると言う指摘をしたら、「インサイダー取引を取りしまる必要がないのはなぜか?」と言うエントリーで反論がされていた。

反論記事なら反論先にリンクを貼って欲しい所だけど、そこはともかく問題点を指摘したい。前回のブログ主のwastingtime_LDN氏のエントリーよりも、さらに内容がおかしくなっている気がする。

1. インサイダー取引が問題になる理論的背景

前回の説明のおさらいから入ると、資本市場でインサイダー取引を認めると売買ゲームの中で、インサイダー情報を持つ人々(informed)が利益を上げ、何も知らない人々(uninformed)が損失を出す事になるので、資本市場の縮小もしくは崩壊が起きうる。正解を聞かされている人と、聞かされていない人がクイズ勝負をしたら、正解を聞かされている人が勝つ可能性が高いと言う事だ。

2. インサイダー取引で市場が縮小したケースもある

理論的には情報の非対称性で市場が無いか縮小している場合は、最初から市場が無いか縮小している事になるが、経験的に不正発覚などで市場が崩壊する事もある。ライブドア・ショック後の新興市場の急激な冷え込みは記憶に新しい(新興市場の低迷はいつまで続く?)。また、以下のwastingtime_LDN氏の主張とは逆に、戦前の日本の証券市場も活発ではなかった。

たとえば、戦前の日本は戦後よりも株式市場・直接資本市場が発展しており企業の資金調達は直接金融により依存していた。

戦前の大企業の資金調達で直接金融が重要な役割を果たしていたのは間違いないが、証券市場が機能していた分けではない。どういう事かと言うと、鉄道株や海運株などの一部の大企業の株式以外は、場外取引で売買されていたからだ。実際の所、戦前の日本は財閥中心の産業構造を持っており、株主は一般投資家ではなく財閥家族や財閥企業の従業員で構成されていた。増資の50%~70%が株主割当であり、逆に公募は10%弱に過ぎない*1。つまり資金調達の場として、十分に機能していたわけではない。

また、規制が甘いと考えられる開発途上国の株式市場では、一部の大口投資家が大半の株式を握り、取引が不活発な事はよく見られる。

3. 各種市場が破壊されないのは制度があるから

もちろん全ての情報の非対称性のある市場で取引がなくなったりはしない。それは、品質保証制度で売主に責任を持たせたり(顕示選好原理)、取引結果で評判を落とす事で長期的なモラルハザードを防止するからだ(フォーク定理)。しかし不特定多数のトレーダーと取引する公開市場では、こういう制度的な機能を享受できない。

レモン市場*2と言って来たのでAkerlof(1970)の紹介は読まれたようだが、原論文ではモデルで過少均衡や市場の崩壊に至る可能性を示唆しつつ、実際には情報の非対称性を解消するような社会システムが存在する事もⅣ節で指摘している。

4. インサイダー取引のチェックは楽ではない?罰を多めに

楽か否かはインサイダー取引の弊害とは別の話。インサイダー取引が余り防止できないとプロ向け市場になるし、インサイダー取引の防止が上手くできると一般投資家も参加できる市場になる。

怪しい取引は瞬時に・・・というが実際には容易ではない。怪しい可能性がある取引をチェックして色々と調べるのはそんな楽じゃない。

楽で無い場合は、見つけた場合にペナルティーを多くする事もできる。日本の場合は罰則が甘いと言う批判もあるのだが。完全に防止するのが難しいから、殺人やスピード違反の防止はしない方が良いと言う主張は説得力を持たない。

近年のインサイダー取引の自動監視技術で、以前よりは容易になったとはされている(自動監視で摘発は容易!インサイダー取引は儲からない)。

何を持ってインサイダー情報とするかの定義は非常にあいまいだ。だから現実には適切にインサイダー情報を定義して取り締まることなどできない。

インサイダー情報の逮捕事例は多くあり、wastingtime_LDN氏にとって非常に曖昧な定義でも、法律的な運用が不可能になっているわけではない。また、政府・中銀関係者はインサイダー取引をし放題とかは、取引手順に規制があるので単なる陰謀論でしかない。経産元審議官がインサイダー取引で逮捕されたケースもあった(産経ニュース)。

5. インサイダー取引で個人投資家は困らない?

市場が縮小している事例を紹介しているので冗長だが、一応、指摘を。

informedトレーダーは必ず勝つのか?微妙だろう。決定的なネタはそんな何度も市場に出てこない。

インサイダー取引が必ず有利でもないと言う主張は、業績の公表で株価がどう動くかを見れば非現実的な主張だと分ると思う。

インサイダー取引が自然と行われるようになればインサイダー情報に基づいた取引を行うと公然と名乗る投資信託などがたくさんできるだろう。

銀行に預金するか、生命保険、投資信託を買えば個人投資家は困らないと主張しているが、銀行は間接金融だし、生命保険、投資信託などの機関投資家もインサイダー情報を持つとは限らない。インサイダー情報を持つ機関投資家だけが生き残る市場になったら、機関投資家が独占企業として振舞うし、個人投資家と機関投資家の間の情報の非対称性も問題になる。

6. インサイダー取引は市場の効率性を増す?

何をもって効率性と言うかが分からないが、wastingtime_LDN氏は“市場の効率性”を重視しているようだ。しかし、誤解があるような気がする。情報が伝達されるタイミングが早いことが効率的な市場を表すわけではなく、それが価格や個々の市場参加者の利益にどう影響するかが問題だ。

一般には、債券や株式価格が効率的に取り込まれるかが問題になる。極度に効率的な市場だと、インサイダー情報はすぐ価格に取り込まれてそれで利益を上げるのは難しいのだが、インサイダー情報があると効率的な市場になるわけではない*2。因果関係を逆に取っている可能性がある。

なお、低い費用で多くの資金を投資家から企業に提供できる資本市場が、一般には望ましい。

7. wastingtime_LDN氏の妄想のまとめ

wastingtime_LDN氏はインサイダー取引で市場が縮小したケースを知らず、制度が持つ顕示選好原理やフォーク定理などの機能を知らず、実際にインサイダー取引で逮捕・起訴・有罪になるケースを知らず、一部の機関投資家が市場を独占する事に想像が及ばず、どうも“市場の効率性”が何かを理解していないようだ。前回の記事で幾つかは実例を上げて指摘したのだが。

氏のインサイダー取引を正当化しようと言うモチベーションがどこから来るのかが分からないが、自分の頭で考えた結果、思慮が浅いものになっている。突っ込むのもどうかと思ったが、文末に「そんじゃーね」が無かったので、問題点を指摘させて頂いた。

*1寺西(2006)「戦前日本の金融システムは銀行中心であったか」金融研究

*2Fama, E. F.(1970) "Efficient Capital Markets: A Review of Theory and Empirical Work," The Journal of Finance, Vol. 25(2), pp. 383-417

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