SMBC日興証券債券ストラテジストの嶋津洋樹氏の「侮れない円安効果、金融緩和の真の威力」と言うコラムに幾つか誤解、もしくは語弊がある。
貨幣の必要性を説明できていないし、流動性ショックがデフレ対策と説明されていて意味不明だ。問題点を指摘しつつ、代わりの説明方法を考えてみよう*1。
1. 貨幣の必要性
嶋津氏の説明だと貨幣の必要性が無い。
たとえば、リンゴが1つしかない世界に1万円という通貨(概念)を導入すると、リンゴと1万円を交換することが可能となる。
リンゴが一つしか無い世界だったら、リンゴと1万円を交換する必要が無い。出だしで試合終了となっている。もう少しマシな例を考えよう。
住宅を生産する人間AとBがいて、二人で協力して毎期一軒の住宅を生産するとする。住宅は共有できない。こういう時に通貨が活躍する。
- 中央銀行が市中銀行に1万円を貸す
- 市中銀行がAに1万円を融資し、AはBに1万円を渡して住宅を作る
- BがAに1万円を渡して住宅を作り、Aはもらった1万円を市中銀行に返済する
貨幣がAとBの取引を仲介しているのが分かるであろう。社会に貸し借りが無いと貨幣は機能しない。
追記(2013/03/02 10:00):AとBで契約を結んで交互に手伝うとしても良いのだが、AとBが一人づつでは無く多数いる社会では、貨幣を使う事で途中でパートナーを変更できるメリットがある。
2. 信用貨幣の存在
嶋津氏の説明だと信用貨幣の存在が忘れ去られている。
そうした世界で中央銀行が新たに1万円の通貨を供給すると、通貨に対するリンゴの希少性が相対的に増し、2万円という値段で取引されるはずだ。この単純な世界では、金融政策がインフレ、デフレを引き起こすという仕組みに疑問の余地はない。
世界に預金が無ければ、実物貨幣の量が物価を決定するのは確かであろう。しかし、この世には民間銀行の預金がある。
AがBに1万円を渡した後に、Bが市中銀行に預金をしたらどうなるか? ─ 市中銀行は1万円をCに貸す。CはDに1万円を渡し、Dが1万円を預金して・・・と、信用創造される。
- 中央銀行が市中銀行に1万円を貸す
- 市中銀行がAに1万円を融資し、AはBに1万円を渡して住宅を作る
- Bは市中銀行に1万円を預ける
- 市中銀行がCに1万円を融資し、CはDに1万円を渡して住宅を作る
- Dは市中銀行に1万円を預ける
- Bは市中銀行から1万円を引き出す
- BがAに1万円を渡して住宅を作り、Aはもらった1万円を市中銀行に返済する
- Dは市中銀行から1万円を引き出す
- DがCに1万円を渡して住宅を作り、Cはもらった1万円を市中銀行に返済する
タイムテーブルが複雑になったが、1万円でAとBの取引だけではなく、CとDの取引も成立するようになっている事に注意して欲しい。つまり信用貨幣を考えると、実物貨幣だけがこの世に流通している貨幣ではない。中央銀行が市中銀行に2万円を貸そうと、市中銀行がAに1万円しか貸さなければ、住宅の価格は変わらないであろう。
3. 流動性危機
嶋津氏は証券会社の人だからか、流動性危機の説明が何か変だ。
1997年の日本の金融危機の最中や2008年のリーマンショック後に、通貨の最も原始的な形態といえる現金が重宝されたことは、通貨の重要性を改めて浮き彫りにした。その際、各国の中央銀行は大量の資金供給で対応し、「金融システムの安定」に努めた。資金供給を金融緩和の一環ととらえると、中央銀行が景気悪化に伴うデフレ圧力の封じ込めに先手を打ったと解釈できる。
金融緩和 → インフレ圧力としか想像力が働かないのか、流動性危機が何だか分かっていない。金融危機で何が起きるかと言うと、銀行破綻を恐れてBが預金しなくなる。
- 中央銀行が市中銀行に1万円を貸す
- 市中銀行がAに1万円を融資し、AはBに1万円を渡して住宅を作る
- Bは市中銀行に1万円を預けない
- 市中銀行はCに1万円を融資できない
CとDの取引が成立しなくなり、この場合は住宅の生産が出来なくなってしまう。GDPは半分だ。解決策としては、中央銀行が市中銀行に2万円を貸すこと。住宅価格は動かないが、住宅生産量は維持する事ができる。
このように考えると、金融政策は直接的に実体経済に影響を与えることではなく、純粋に物価へ働きかけることを期待されているといえるだろう。
物価を動かすのが目的ではなくて、実体経済を円滑に回すのが目的だから。
4. まとめ
実物貨幣(マネタリーベース)と信用貨幣(マネーストック)があることは、金融関係の人であれば誰でも知っているはずなのだが、どうもアベノミクスに浮かされたのか忘れてしまったようだ。実物貨幣と信用貨幣が安定的に比例してれば意識しなくても良いのだが、実際のところは安定的ではない*2し、流動性危機も発生する。
*1厳密に理解したい人は、マクロ金融のテキストを参照されたい(関連記事:日銀理論が何かは知らないけれども、日銀理論が嫌いな人に薦めたいテキスト)
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