元官僚の高橋洋一氏が『「日銀理論」の背景にある「貨幣数量理論は成り立たない」を検証する』と言う壮大な釣り針を投げてきてた*1。
高橋氏の主張は、日銀はマネーストックと2年後のインフレ率をコントロールできると言うシンプルなものだ。ところがグラフや回帰分析を出しているのだが、ほとんど主張に結びついていないので、各所の困惑を招いている。
1. 通貨供給量と物価の関係式
P=λM/Y; P:物価, λ:貨幣乗数, M:マネタリーベース, Y:国民所得と言う方程式がマクロ経済学の教科書では必ず説明されている。λMはマネーストック。日銀は何だかんだ言ってMをコントロールできるであろう*2。ゆえにλが安定的であれば、日銀はλMもPもコントロールできるわけだ。
2. 流動性の罠ではλ:貨幣乗数は安定的ではない
高橋氏はλは「6~12倍程度」と安定的(!?)で、ゆえに日銀はλMもPもコントロールできると主張している。しかし流動性の罠に入ると、むしろλMが安定的で、Mの急激な増加に反比例してλが減少する事が知られている。リーマンショック後の半年間で米国はマネタリーベースを2.1倍に増やしたが、貨幣乗数は9から4程度まで低下した。
3. λM:マネーストックを制御困難と見ている経済学者は多い
高橋氏は『日本の経済学者が、経済学の「貨幣数量理論」が成り立たないと思っている人が案外多い』と、λの不安定性を主張する日銀理論を批判する。しかしノーベル賞経済学者のクルッグマンはKrugman(1998)で、著名マクロ経済学者のウッドフォードはWoodford(2012)で量的緩和の無効性を指摘し、つまり貨幣乗数の不安定性は認めている。だからこそ、インフレ目標政策などが必要だと彼らは主張するわけだ*3。
4. 結局、MとλMの関係を説明していない
計量的な問題をwhat_a_dude氏が説明しているが、高橋洋一氏の主張の問題点はMとλMの因果関係を立証していない点に尽きる。長期にはλは安定的と言われるが、日本が流動性の罠に陥ってから20年ぐらい経っている。マネーストック(λM)と物価(P)の関係は、議論の焦点ではない。高橋氏はゼロ金利制約下でもMがλMを決定する事を示すか、自説を変える必要がある*4。
*180年代から議論されているテーマで、概ね決着はついている(関連記事:貨幣乗数の不安定性と言う意味での日銀理論を振り返る)。釣り針と言うのは「りふれ派の社会的機能について考える」を参照のこと。
*2日銀の固定金利オペで度々「札割れ」が発生しており、実はマネタリーベースの拡大も技術的に困難な面もあるし、マネタリーベースの拡大によって見合い資産不足の危険性は高まる(関連記事:日銀がリフレーション政策を嫌がる理由)。
*3この辺の議論は「クルッグマン論文を使って、池田信夫を応援する」「名目GDP水準ターゲット政策」を参照。
*4日銀副総裁の岩田氏もインフレ目標を宣言した上で量的緩和を行えと言っていて、The Economic Journalに掲載されたDSGEを駆使した分析のChen, Cúrdia and Ferrero(2012)はリフレーション政策をサポートする内容だが、量的緩和はインフレ目標なしでは効果が薄いと指摘している。
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