よくソフトな予算制約がゾンビ企業を延命して、経済全体を悪化させると言う議論がある。これは正確ではないかも知れない。
どういう事かと言うと、ゾンビ企業の延命は金融機関にとって割引現在価値(NPV)が正になるので、金融機関にとってもゾンビ企業にとっても追い貸しは得になり、経済を改善する事になるからだ。
ゾンビ企業を延命させる事によって新たなゾンビ企業の発生を促進する事が、経済に悪影響を及ぼすと言うほうが適切であろう。
1. 一回限りの追い貸しゲーム
以下のような展開形ゲームで考えてみよう*1。
金融機関が融資を行い、企業が健全経営を行ったときを「健全」とする。金融機関と企業の利得は(5-m, 2)とする。企業が放漫経営を行い、金融機関が追い貸しを行う場合は、「追い貸し」とする。金融機関と企業の利得は(1-m, 3)とする。企業が放漫経営を行い、金融機関が清算するときは、「清算」とする。金融機関と企業の利得は(3/4-m, 1)とする。mは金融機関の融資審査のための情報生産コストで、ここでは0.4と考えておこう。
この非協力ゲームの部分ゲーム完全ナッシュ均衡は「追い貸し」となる。手番I12で「清算」を選んだ場合よりも、「追い貸し」を選んだ方が、金融機関は得だ。すると手番I21で、企業は「健全」を選ぶよりも、「放漫」を選んだ方が得になる。
社会的厚生(金融機関と企業の利得の合計)は、「健全」は7-m、「追い貸し」は4-m、「清算」は7/4-mとなる。「追い貸し」する方が「清算」するよりも、社会状態が良くなっている。だから、ゾンビ企業の延命が、直接に経済を悪化させるワケではない。
なお、追い貸しされた企業が、さらに放漫経営を続けるように感じるかも知れないが、それを含めてNPVが正(追い貸し>清算)だからこそ「追い貸し」が成立することに注意しよう。
追記(2013/03/12 20:20):(5-m, 2)などの利得について何故こうなるのかと言う質問があった。企業の利得が追い貸し>健全>清算、金融機関の利得と社会的厚生が健全>追い貸し>清算を満たせば(5-m, 2)などで無くても良い。ただし、『こういうケースもある』と言う話で、『必ずこうなる』と言う話では無いので、利得には恣意性があるのに注意して欲しい。
2. 繰り返し追い貸しゲーム
もちろん「健全」の方が社会状態が良いし、金融機関にとっても得だ。だからゲームが繰り返して行われる場合は、金融機関は「清算」を選択する事もある(フォーク定理)。金融機関が「清算」したがっているときに、政府が「追い貸し」を強制すると、短期的には社会的厚生が改善するものの、長期的には悪化する事になる。
3. 分権経済による追い貸し抑制
余談なのだが、社会主義のような中央集権経済では追い貸ししやすく、資本主義のような分権経済ではしづらいと言う議論も出されているので補足しておこう。
「融資」をする金融機関と「追い貸し」をする金融機関を分けると、それぞれの金融機関が融資審査を行い、情報生産コストを払うことになる。金融機関の情報生産コストが倍に、mから2mに引きあがるわけだ*2。清算する場合は変わらない。展開形ゲームを書き直すとこうなる。
1-2mと3/4-mのどちらが大きいかが問題になるが、上と同じ様にm=0.4とおくと、0.2と0.35になって、手番I31では「清算」の方が金融機関にとって得になる。すると、企業は手番I21で「健全」を選ぶ方が得になるため、社会的厚生が最も大きい状態が選択されるようになる。
4. まとめ
特定状況下において、ゾンビ企業への「追い貸し」が、経済全体を非効率にする事が分かる。短期的に「追い貸し」が効率的でも、長期的には非効率になるわけだ。ただし、繰り返しゲームではと言う所に注意が必要だ。
ワンショット・ゲームで手番I12にいるならば「追い貸し」は、むしろ効率性を上げる事が分かる。ここだけ見ればゾンビ企業の延命が、生産性を引き上げる事になる。実の所、会社更生法によるゾンビ企業の発生は好ましいと思われているぐらいだ。
つまり、ゾンビ企業の延命が問題になるのは市場の規律が緩む事なので、ここが何とかできるのであれば追い貸し自体は肯定される。政府が絡むと、そもそもNPVが負のプロジェクトにも追い貸しし出す*3ので、話はもっと混沌としてくるわけだが。
*1Dewatripont and Maskin(1995)を参考にした。なお、この論文では企業が持つプロジェクトの良し悪しが最初から決まっているが、図の簡便化のために融資を受けた後に経営行動を変えるように変更した。
*2Dewatripont and Maskin(1995)では、金融機関1の収益の一部が金融機関2に流れることにより、金融機関1の経営努力の水準が低下し、追い貸し時の収益が低下する。分権経済の方が、追い貸しにおいては非効率と言う部分は変わらない。
*3第三セクターの事業の多くは失敗していると言われる。
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