2013年3月19日火曜日

プログラマにも分かる「アベノミクス」

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あるブログのエントリー『エンジニアにも分かる「アベノミクス」』が話題になっていた。

しかし経済学は公理から定理を導く理論構成になっているのを知らないようだし、色々と問題があるように感じる。特に本題の部分で、景気と物価を混同して議論がおかしくなっている。

デフレよりもゼロ金利制約に重点を置きつつ*1、説明しなおしてみたい。

1. この世の法則を整理する

中央銀行の役割として景気調整があり、金利操作でそれを行うとしよう*2。この景気調整は以下のような法則を考慮しつつ行う。

  1. フィッシャー方程式:実質金利=名目金利-期待インフレ率
  2. 名目金利はゼロ以下にはならない
  3. 自然利子率>実質金利のときは投資拡大
  4. 自然利子率<実質金利のときは投資減少

(1)の期待インフレ率は、現在のインフレ率ではなく将来の予測された物価上昇率になる。過去のインフレ率が低い場合は、将来予測も低くなるが、現在のインフレ率だけに縛られる数字ではない。

(2)は、マイナス金利ならお金を貸すより現金保有の方がマシになる事を表している。

(3)と(4)は自然利子率(均衡実質金利)を、平均の投資収益率と読み替えれば理解できると思う。事業収益よりも調達金利が安ければ、投資を増やすわけだ。

2. 景気対策を考える

さて、景気対策をしたければ、自然利子率よりも実質金利を下げればいい。投資が拡大すれば、景気も良くなるはずだ。そのためには名目金利を下げれば・・・あれ、ゼロだ。現状は、自然利子率<実質金利=0-期待インフレ率と言う事になる。

不等号の向きを逆にするにはどうしたらいいか? ─ (1)自然利子率を上げる。(2)期待インフレ率を上げる。どっちでもいいし、両方やってもいい。アベノミクスでは、両方やる事になっている*3

インフレ目標政策、つまり将来のインフレ率上昇を2%まで野放しする事を宣言しておけば、期待インフレ率も上がるであろう*4。公共投資も有効なものであれば、自然利子率を引き上げるはずだ*5。他にも外国人労働者を増やすなどの対策もあるが、別に戦争などしなくてもいい。

3. 資産価格が景気に与える影響

元エントリーで強調されていたので、資産価格の上昇について補足しておこう。基本的な経済理論では、労働や投資の増加させても、だんだんと生産性が落ちていく収穫逓減の生産関数を仮定するので負のフィードバックが働き、実は経済は安定的である。実際にGDPが1年で何割も変化したりはしない。ただし、資産価格の上昇は担保力の増加になるので、企業の資金調達を容易にする側面があり、景気加速効果があると言われている*6

4. 欠点や問題点が無いわけではない

もちろん欠点も色々とある。まず、期待インフレ率を上手く操作できるのかが良く分かっていない。次に、インフレ率2%まで金融緩和を宣言したら、資産バブルを封じ込める機会を失うかも知れない*7。インフレ目標へのコミットメントとして量的緩和の規模を大きくすると、中央銀行が金融政策のグリップを失う可能性もある*8。円安誘導も示唆しているが、金融政策の副産物以上に、国際的に可能なのかは良く分からない。また賃上げ要請は、雇用水準を減らす可能性があるので、経済政策的な狙いでは無いようだ。実は、本当に景気が悪いのかも疑義がある*9。最後に、政府債務の拡大が高インフレをもたらす事は経験的には良く知られている*10

*1物価や賃金の下方硬直性などの問題もあるため、デフレ自体にも弊害はある。価格硬直性に関しては東京大学の渡辺努氏の研究がある(アゴラ)し、賃金水準も月額賃金は低下しているのだが、時給換算ではそう大きな変化は無い(関連記事:日本の賃金水準の変化を確認する)。

*2日本銀行の機能と業務」を見ると、金融システムや物価の安定が中央銀行の目的で、直接には景気の調整は担っていない。

*3異次元の~と言っているが、実際の内容は大した事が無い可能性もある(関連記事:萎んでいくアベノミクス)。

*4Krugman(1998)を強引に短く説明するとこうなる。投資は長期にわたるので中央銀行の将来の行動が影響するわけだ。ゼロ金利制約下で従来型の金融緩和が無効なときも有効になる(関連記事:クルッグマン論文を使って、池田信夫を応援する)。

*5直に投資を拡大するわけだが、IS-LMモデルで言えば実質金利の引き上げ効果もあると言って良いであろう。ただしリカード的家計が多すると無効になるし、実際に90年代後半の公共投資は効果が薄かったと言われている(関連記事:公共投資は効果薄で、減税は無駄)。

*6フィナンシャル・アクセラレーターと呼ばれている(関連記事:マクロ経済ショックが長引くある理由)。ただし企業部門に資金が余っている状態で、担保不足が問題なのかは議論の余地があると思われる。

*7バブルを引き起こす条件は低金利だけでは無いので、今が騒ぐのは早計だ(関連記事:アベノミクスでバブルは起きるか? ─ たぶん、起きない)。

*8関連記事:日銀がリフレーション政策を嫌がる理由

*92012年10月時点で失業率は4.2%まで改善しており、2012年の大卒内定率は93.6%と2005年の水準まで回復している。特に中小企業の人手不足は、リーマン・ショック前の高水準となっている。構造的失業率がどの程度には見解の相違があるであろう。OECDで4%内閣府で3%程度と見ているようだ。しかし、雇用情勢が回復基調にある事は変わらない。

*10岩本(2012)「政府累積債務の帰結 ─ 危機か? 再建か?」を参照。

3 コメント:

ナナオA さんのコメント...

自然利子率について解説していただけませんか?ブリタニカには「貨幣形態をとらず実物のまま資本を貸借する」ことが自然利子とありますが、記事内容の(3)(4)では収入が増えれば投資するという説明であって、価値が即反映される自然利子と関係ないように思えます。

uncorrelated さんのコメント...

>> ナナオA さん
自然利子率は貯蓄と投資の量が一致する利子率ですね。「貨幣形態をとらず実物」と言うのは、インフレ率を調整した値になると言う事です。

ナナオA さんのコメント...

うーん経済って本当に難しいんですね(*_*) 貯蓄と投資の量が一致する利子率とはいっても貯蓄を全て投資するというあり得ない仮定で景気、不景気を占うのが理解出来ないです。しかしお答えくださりありがとうございました。

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