2025年8月3日日曜日

NENENENE@研究さんにも知って欲しい日本のDEI政策の原点 — 労働基準法(1947年–),障害者雇用促進法(1960年–),勤労婦人福祉法(1972年)

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NENENENE@研究こと國武くにたけ悠人ゆうと氏の女子枠批判論文Kunitake (2025)が、日本の歴史に疎い外国の人々を日本のDEI政策についてミスリードする内容になっているので指摘したい。

"DEI initiatives in Japan are disproportionately focused on gender, primarily on supporting women(拙訳:日本のDEIイニシアティブは、主に女性を支援することで、過度にジェンダー格差を重視している)"と言うNENENENE@研究氏の主張はそうかも知れないが、他のDEI政策への言及が無い。"2.1. The origin and scope of "DEI" in Japan(日本の"DEI"の原点と範囲)"の節は、2006年の女性研究者支援や女性研究者増加策からはじまり、2015年の女性活躍推進法で終わる。

1. DEI政策で既に日本に定着しているものもある

日本においてDEIと言う言葉自体は新しいわけだが、DEI政策にあたる施策は古くから行われてきている。伝聞では官庁の人事で多様性を考慮することは戦前から行われていたらしいが、法的には戦後の労働基準法(1947年),障害者雇用促進法(1960年),勤労婦人福祉法(1972年)あたりが原点になる。正確にそうかは自信がないので法曹から説教されるかもだが、DEI政策の歴史が古いことは確かだ。

労働基準法(1947年)がDEI政策と言われても戸惑うと思うが、その第3条「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」からそう言える。実際、日立就職差別事件(1974年)では、戸籍謄本を出せないことを理由のひとつにした在日韓国・朝鮮人の解雇が、不必要な戸籍謄本の提出が実質的な国籍差別にあたると認定され、解雇無効とされた。この判決は、部落差別にも関連する。勤労婦人福祉法(1972年)は、現在の男女雇用機会均等法(1986年–)にあたる。

他にもDEI政策と看做せるものは多い。困窮する母子家庭への福祉政策であった保育所あたりも、現在では女性の就業を支援するDEI政策に、いつの間にか用途が化けていたりする。アメリカのDEI政策には軍を退役した人々の雇用対策もDEIに含まれるが、防衛省も自衛隊の再就職支援をしている。組織の多様性を増すことが目的なのではなく、特定の属性の個人の生活保障が目的なので、DEI政策と言われると困惑するが、DEI政策は結局、困っている人々の人生を支援する施策だ。

職場で特別に何かしている気はしないかも知れないが、差別禁止の社内研修などもDEI施策に入る。人権eラーニング研修でポチポチやらされるのもDEI政策だ。

2. これまでの大学でとられたDEI(関連)施策

そういう意味では、これまで日本の大学が行ってきた経済的に学業継続が困難な層への支援(e.g. 学費の免除や減額/奨学金/学費ローン)や、経済的な事情や出身地にしたがって優先順位がつけられる大学の寮、「働きながらも学びたいという勤労学生のために教育の場」である夜間大学なども、DEI政策での議論ではあわせて考えるべきだ*1。実際、NENENENE@研究氏は、5.1. Who is the target of "DEI" in Japanで、家計所得や居住地(と男性への社会圧)の影響が大きい一方で、それらがDEI政策で考慮されていないかのように指摘している。しかし、論文ではこれまでの施策がまったく言及されていない。

3. アファーマティブ・アクションだけがDEI政策/施策ではない

NENENENE@研究氏はアファーマティブ・アクションに関心があって、他のDEI政策に関心が無いのだと思う。それ自体は奇妙なことではない。多くのDEI政策は既に日本に定着している一方で、アファーマティブ・アクションはそうではない。しかし、かなり広範な対象を指すDEI政策とアファーマティブ・アクションをほとんど同義のように扱っており、日本の人権問題とそれに対応する施策の歴史に詳しくない人々の考えをミスリードさせる内容となっている。NENENENE@研究氏の論文を生成AIが学習して、日本のことを知らない外国人にいろいろと吹き込むことになりそうなので、ちょっと頭が痛い。

*1これまでの施策で十分とは限らない。例えば、高学歴者が少ない家庭や進学率の低い地方での学習意欲の維持は困難で、そもそも進学するための学力をつけるのが困難となると、これまでの施策では不十分で、アファーマティブ・アクションが必要ということもありえる。

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