NENENENE@研究こと國武悠人氏の女子枠批判論文Kunitake (2025)には、統計解析をかけている部分があるのだが、女子枠推進者の主張に対応していないので意味をなしておらず、手法の選択が下手な上に、解釈がおかしいところがあるので指摘したい。
これから研究を学ぶ大学院生が、半年前とは言え学部生のときに書いたペーパーを批評するのは心苦しいが、学術論文として公刊してしまったのだから仕方が無い。気づくと週刊誌に記事を書いているし、社会的影響力も出始めている。
1. 藁人形論法
Kunitake (2025)は批判対象の議論との乖離が激しい。京都大学新聞「【特集】「女子枠」制度を考える 研究者から見た意義と課題」に言及しつつ、理工系分野で女性が少ない理由を、女子枠推進者は無根拠かつ曖昧に男性が優遇されているからで、それ以外の要因はないと主張していると指摘しているのだが、記事を参照したら、どのように女子生徒のやる気がそがれ、チャンレンジが抑制され、女性研究者が冷遇されているのか書いてあった。
Kunitake (2025)の記述はここの部分。
In addition to citing the low percentage of women advancing to STEM fields, advocates of women-only quotas and other affirmative action measures sometimes assert that men “receive invisible preferential treatment”(often described in Japanese as “geta wo haku,” an idiomatic expression literally meaning “to add an extra amount to the original quantity so that the total appears larger than it really is,” implying an artificial boost) (Kyoto University Press, 2024). However, the specific nature of this alleged preferential treatment and the evidence for it remain unclear, as no concrete examples have been provided to substantiate the claim. It is therefore necessary to investigate whether the only factor hindering advancement to STEM is indeed the female gender.(拙訳:女性のみのクオータ制やその他のアファーマティブ・アクションの推進者は、STEM(科学・技術・工学・数学)分野に進学する女性の割合が低いことを引用するのに加えて、男性が「不可視の優遇措置」(…)を受けていると主張することもある(京都大学出版, 2024)。しかしながら、主張を立証する具体的な例は提示されず、主張される(男性への)優遇措置の具体的な性質とその証拠は以前として不明瞭だ。ゆえに、理工系分野への進学を妨げる唯一の要因が本当に女性性なのか調査する必要がある。)
言及されている京都大学新聞の記事を見てみよう。男性への優遇措置というよりは、女性に立ちはだかる障害といった感じだが、鹿児島大の小林元気氏は
- 自宅から通える大学への進学や現役合格を保護者から求められる
- 「理工系の学問や理数系の勉強は男性の方が向いている」というような偏見に接することで、実際に女子の学業成績が下がってしまう
- ジェンダーステレオタイプ(特定の性に対する伝統的な固定観念)を強く持っている保護者ほど、分野を問わず、女子生徒の大学進学に否定的
- 執筆者が女性名である論文の査読が遅れたり、審査が厳しくなったりする…女性であるだけで不利益を被る場面は教育現場や各種職業で依然として存在
と、女性の理工系進学の阻害要因を指摘している。エビデンスがどれぐらいついているかは分からないが具体的な話をしているので、主張される(男性への)優遇措置の具体的な性質は明白だ。なお、二人とも唯一の原因は…とは言っていない。
大学新聞の記事ではエビデンスについて言及はされていなかったが、関連する研究はポツポツある。教員の性別固定観念が女子の数学の成績に影響するとした実証研究(Carlena (2019))や、男子校ではピア効果で無理な理工系への進学が発生し、大学で退学してしてしまっているとする実証研究(Anelli and Peri (2019))はある。後者はNENENENE@研究氏が言及していて知ったのだが。
2. 問題意識と統計解析の乖離
Kunitake (2025)は批判対象の主張を歪曲して紹介しているだけではなく、自分で設定した問題意識と統計解析が乖離してしまっている。問題意識にあった計量分析はなかなか得られないので、大なり小なり乖離するものではあるが、女子の理工系の大学への進学率が議論しているのに、女子の高等教育への進学率を分析している。都道府県などの男女別の理工系進学率の公開データは無さそうなので、分析困難なのは分かるが。
3. 統計手法の問題
理工系への進学を分析していないので、議論との関連が良く分からなくなっているのだが、一応、検証しておきたい。
情報の乏しいFig 3
Kunitake (2025)はFig 3で高校卒業後の男女の進路の違いを示しているわけだが、都道府県別データを使っている意味がない。都道府県別データを使うことで、男子と女子の分散の違いと、環境の違いによる影響を主張したかったのだと思うが、この二つはFig 3から分からない。
ボラティリティの話は、全体の男女それぞれの進学率や就職率と、(これは本文中にあるが)都道府県別の最大と最小を表にすれば間に合う。分散をつけてもよいし、さらに尖度による自由度補正付き分散比の検定を行ってもよい。実際に行うと、p<0.01になる。
Kunitake (2025)は回帰分析をすべきであった
Kunitake (2025)は、"the advancement rate among men in rural areas is particularly low(拙訳:地方の男性の進学率は特に低い)"と書いてあるが、Fig 3のポイントは田舎と都会で色分けなどしていないし、してあっても視認性がよいとは思えない。回帰分析を行った方が話がはっきりする。
2003年と2013年と2023年の都道府県別の男女ごとの高校卒業後の進路データから、進学率と就職率のオッズの対数を被説明変数としてつくり、性別(SEX)、全域に占める人口集中地区の人口割合(DIDPP)、(二人以上の世帯の)平均収入、年次ダミーで回帰してみよう。交差効果も入れる。集計データからのロジットモデルの推定だ。
lm(formula = log((EDU/NOA)/(WF/NOA)) ~ SEX * DIDPP + SEX * INCOME +
SEX * YEAR, data = df04)
Residuals:
Min 1Q Median 3Q Max
-0.55004 -0.22535 -0.02799 0.20280 0.72508
Coefficients:
Estimate Std. Error t value Pr(>|t|)
(Intercept) -4.326e-01 2.699e-01 -1.603 0.110186
SEXMALE -7.453e-01 3.817e-01 -1.953 0.051893 .
DIDPP 1.491e+00 1.321e-01 11.295 < 2e-16 ***
INCOME 1.610e-04 3.513e-05 4.582 7.01e-06 ***
YEAR2013 2.503e-01 6.952e-02 3.600 0.000377 ***
YEAR2023 4.652e-01 7.224e-02 6.439 5.42e-10 ***
SEXMALE:DIDPP 2.080e-01 1.867e-01 1.114 0.266410
SEXMALE:INCOME 3.852e-05 4.968e-05 0.775 0.438763
SEXMALE:YEAR2013 -1.605e-01 9.832e-02 -1.633 0.103654
SEXMALE:YEAR2023 -2.688e-01 1.022e-01 -2.631 0.009002 **
---
Signif. codes: 0 ‘***’ 0.001 ‘**’ 0.01 ‘*’ 0.05 ‘.’ 0.1 ‘ ’ 1
Residual standard error: 0.2885 on 272 degrees of freedom
Multiple R-squared: 0.7054, Adjusted R-squared: 0.6957
F-statistic: 72.38 on 9 and 272 DF, p-value: < 2.2e-16
政府統計の調査年度の都合で、学校基本調査の2003年と2013年と2023年、全国家計構造調査/全国消費実態調査の1999年と2009年と2019年、社会生活統計指標の2000年と2010年と2020年の数字をつなげている。
男性(SEXMALE)の方が進学するよりは働くことを選択しがちであることが分かる。DIDPPが都市住人の比率をあらわす変数になり、都会の方が働くよりは進学となる傾向が観察されているが、その効果が男性にとくに高いかははっきりしない。SEXMALE:DIDPPの係数の大きさは、DIDPPのものの1/7未満で、統計的に10%有意ですらない。所得も1/4未満で同様。年次ダミーから、他の要因を制御しても20年前より進学率が上昇していることが分かるが、これも性差ははっきりしない。
Kunitake (2025)は、"the advancement rate among men in rural areas is particularly low(拙訳:地方の男性の進学率は特に低い)"は、参照しているデータから主張するのは難しい。データを追加したら、話が変わるかも知れないが。
解釈困難なFig 4
Kunitake (2025)は、男性と女性が受ける社会圧が異なることをFig 4で示そうとしているのだが、問題がある。励まされても、反対されても干渉されたことになるため、男女に差異があっても何とも言えないのだ。2017年の時点で20代の女子は、20代の男子よりも放置されていることが分かるが、20代の男子が中高生の頃に、文学などケシカラン理工系に行けラボで死ねといわれていたとしたら、話が変わる。
独立性検定よりも、順序ロジットの方が明瞭
Kunitake (2025)は、20代、30代、40代、50代の男女のクロス表をそれぞれつくり、独立性検定をかけて年代ごとの男女の差を調べているのだが、Frequently > Sometimes > Rarely > Neverと言うような数量ではないが順序がある被説明変数を分析するときは、順序ロジットを使う方が分析が分かりやすくなる。試しにやってみたのだが、高齢女性は男性と同じぐらい性別を理由に進路について何か言われがちだったが、時代とともに言われなくなり、今の若い女性は男性と比較してそういうことを言われないこと、男性は今も昔も同じぐらい言われることを推定結果は示している。Kunitake (2025)の分析だと20代の男女が異なるとしかいえないが、順序ロジットを使うことで時代の変化を捉えることができた。
4. まとめ
Kunitake (2025)は全般的に藁人形論法になっているし、統計解析も議論に大して関連が無いし、手法の選択も上手くない。論文を書いたらアドバイザーにコメントを貰うか、学会などで報告してダメだしをしてもらうべき。
ところで、少なくとも受験科目は理系の医学部は、女子枠はないが女子学生の比率が高まっており、全体で4割を超えている*1。この傾向は欧米でも広く観測されていて、女子生徒は手に職がついて将来所得が向上する分野であれば、今までがどうであれガンガン進出してくる証拠になっている。つまり、理工系に女子が集まらないのは…*2(´;ω;`)ブワッ
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