2012年12月7日金曜日

安倍総裁は財政ファイナンスもインフレ目標政策も理解していない

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

NHKの時論公論で、自民党の安倍総裁の日銀引受発言騒動が、安倍総裁が実は市場オペと言っていたと言う事で、「重要な事実が抜け落ちた論争であり、市場の動きもいわば空騒ぎ」と言っている。しかし、空騒ぎと言えるであろうか?

問題の契機となった11月15日の発言(ニコニコ動画)を見てみると、安倍総裁が、自身が主張している事をよく理解できていないのは事実だからだ。

1. 財政ファイナンスを理解していない

政府が建設国債15~20兆円の建設国債を発行し、日銀に市場オペで買い取る事を主張している。政府が日銀に国債買取を命じている限り、実態上の日銀引受、つまり財政ファイナンスと同じ事になってしまう。中央銀行のガバナンスが問題*1なのであって、手続きが問題では無いのを理解できていないようだ。また、建設国債を選別して買い取れない事も理解していない*2

2. 日本の量的緩和の規模を理解していない

日銀が金融緩和を行っていないと堂々と述べている所からしてそれが良く分かる。日本はもともと量的緩和を行ってきた関係で、マネタリー・ベースのGDP比が高かった。日銀(BOJ)が、米国(Fed)、イングランド中銀(BOE)より高く、欧州(ECB)と同レベルな事が分かる(Reuters)。

日本は現金需要が強いので、この数字が高めに出ると言っている経済評論家がいるが、90年代中盤には9%ぐらいだった事もあるので、6%台安定の米国との差をとれば、その効果はせいぜい3%程度だ。

3. マネタリーベースとマネーストックの関係を理解していない

問題なのはマネタリーベースではなくて、市中で流通しているお金、つまりマネーストック(マネーサプライ)だ。「直ちに建設に向かいますから、直ちにお金は出ていく」と言っている安倍総裁だから、これは理解されている事であろう。

流動性の罠になければ、マネタリーベースとマネーストック(下図中のM2)、名目GDPには関係があるが、現在の日本ではほぼ関係なくなっている(平成23年度年次経済財政報告第1-2-15図)。

量的緩和でマネタリーベースを増やしても、実態経済に影響が無い。

4. 通貨供給量と為替レートの関係を理解していない

安倍総裁は量的緩和で円安が誘導できるとも主張しているが、マネタリーベース、厳密にはマネーサプライを増やして円安になるのは、金利がゼロになるまでだ。金利がマネタリーベースの関数である限り、円安誘導ができる。ゼロ金利状態では、円安誘導はできない。

上図は、実際の為替レート(黒線)、日米の金利で予測される為替レート(青線)、日米のマネーサプライで予測される為替レート(緑線)をプロットしたものだ。金利平価で考える方が説明力がある。つまり円高になったのは、米国の金利が下がったから。

5. デフレで日本経済はダメになっていたと信じている

安倍総裁は、もしデフレで無かったら、中国よりGDPが大きいままだったとも主張している。デフレの害悪を強調するあまり、生産年齢人口が減少している事*3を無視している。

ここ10年間のGDP成長率がEUや米国に劣るので、日本経済はずっと停滞していると主張する人がいるが、一人当たり成長率にすると、むしろEUや米国よりもよい(左図、"Whose lost decade?"より転載)。考えようによっては米国の2.29倍も成長している(The Economist)。

失業率もEUや米国よりは低い。景気の基準をどこに置くかが問題だが、単純に長期低迷とも言い難い状況になっている。

EUや米国の水準で満足すべきだとも思わないし、失業率の上昇傾向は社会問題となっているが、ずっと不適切な経済政策で低迷していると断定する事はできない。

6. 権威の言葉を理解していない

安倍総裁は、エール大学の浜田教授が、自分を後押ししていると主張している。しかし、Facebookで公開していた浜田教授からのファックスの内容は理解できていないようだ。「政策手段としてはインフレ目標が望ましいと思います」「ゼロ金利に近い現状では、買い入れ対象が短期国債では効きません。長期国債、社債、株式の買い入れも必要となるわけです」と書いてあるが、少なくとも15日の講演内容とは合致しない。これは非伝統的な金融政策をサポートしているものの、単純な量的緩和の無効性も示唆しているからだ。

7. 必要なのは将来の通貨供給量を増やす約束

浜田教授の「インフレ目標が望ましい」「ゼロ金利に近い現状では、買い入れ対象が短期国債では効きません」の後ろにあるロジックは、必要なのは将来のマネーサプライを増やす約束し、それを市場に信じ込ませる事だと言うこと。現在のマネタリーベースを幾ら増やしても、将来、簡単に引き締めると思われていたら量的緩和は無効になる

非従来型の金融政策を主張する論文であるKrugman(1997)*4やEggertsson and Woodford(2003)が示している事は、将来の通貨供給量を増やす約束が意味があると言う事であって、現在のマネタリーベースを増やすことが意味があると言う事ではない。変動金利で住宅ローンを組むとしたら、将来の金利がどうなるか気になるよね? インフレ抑制ですぐ金利が上がるとしたら、怖くて住宅投資ができないよね? ─ 端的に言うと、問題はこういう事だ。

安倍総裁がリフレーション政策を主張するのは勝手だが、その根拠をもう少し正しく理解して頂きたい。ここ数週間の騒動は、そう思った人が多いと言う事なのだと思う。

2 コメント:

POM_DE_POM さんのコメント...

>市場の動きもいわば空騒ぎ
これはある意味正解かと。本人は違う意味で言ってるのでしょうけど。
uncorrelatedさんが一連の騒ぎで「ネタ」に困らなかったのと同様、トレーダーにとっても格好の「ネタ」でした。いわゆるひとつの安倍トレード。


1~5については、記事中の「経済評論家」の意見が浸透しているのかな?といった印象ですね。
彼の主張は、とても分かりやすいですから。


7については、ちょっと疑問がありますけど。
浜田氏を含めた日本のリフレ派の主張は「将来の通貨供給量を増やす約束」ではなく、(通常の)インフレ目標や(非伝統的な)金融緩和そのものにインフレを起こす(或いは期待インフレ率を引き上げる)効果があると言っているように見えます。
彼らのロジックの根底にあるのは、中央銀行の能力に対する「過大評価」では?
僕の勘違いかもしれませんが。

N.H さんのコメント...

為替については金利差に連動することが多いですが、今回はアメリカの債権利回りが低下する中での円安で、どこかの時点で安倍トレードは巻き返しが入ると思います。
シカゴIMM通貨先物指数もかなり積み上がってるようですし。

コメントを投稿