児童労働を認めた方が貧困層の生活がよくなる事は、体験的にも理論的にも知られている(関連記事:児童労働について経済学的に考える)。しかし、就学もしないで単純労働に従事する子供たちを放置しておいていいかは、また別だ。特に家業の手伝いなどではなく、危険な外部労働に従事し、教育機会を失うようなケース*1は、改善する余地があるかも知れない。
読み書き算数などの初等教育は、労働生産性を大きく引き上げると考えられている。だから学校に行く方が生涯賃金を考えると得になるはずなのに、開発途上国の多くの貧困層は子供を児童労働に従事させている。この理由を高校までの数学で説明し、さらに解決方法を提案しているのが、Ranjan(1999)だ。その概略を紹介したい。
1. なぜ学校に行かないのか?
まずは二期間の効用関数を定義してみよう。この効用が高いほど、家計に幸せが多いことになる。
C1は1期の消費、C2は2期の消費、ρはリスク回避度、βは割引率となる。C-ρ/-ρは逓減する関数になるから、1期と2期の消費バランスが良いほうが、家計は幸せになる。
次に、初等教育が労働生産性を大きく引き上げ、生涯賃金を増やすと定義しておこう。
wsは教育を受けた後の賃金、wcは子供の賃金、wuは無学な大人の賃金だ。rは利子率となる。つまり、1期の児童労働と2期の未熟練労働の賃金を足しても、2期だけの教育を受けた後の賃金に及ばない。
後は貧富の格差を表すために、資産bを定義しておこう。ここは資産でも、親の収入でも構わない。また、貯金や借入は不可能とする。大抵の開発途上国では、金融システムは未整備で、特に長期の借入はできない。
以上の仮定から、1期の消費は以下のように記述できる。
2期の消費は以下のように記述できる。
これらを代入すると、児童労働のときと、就学のときの効用U(C1,C2)の差を見ることができる。具体的なパラメーターにもよるのだが、一つ、図示してみよう。
縦軸が効用、横軸が資産になる。学業が賃金を大きく引き上げるのにも関わらず、貧乏人は児童労働を、金持ちは学業を選択することが分かる。この理由は、貧乏人が学業を行うと、1期の消費が著しく落ち込んでしまい、生涯の消費バランスが悪くなりすぎるからだ。
2. 貯蓄と借金が可能な世界では学校へ
さて、何らかの方法で貯蓄と借金が可能な世界を考えよう。貯蓄の場合はSが正、借入の場合はSが負とする。
すると1期の消費は以下のようになる。貯蓄/借入の分だけ調整される。
2期の消費は以下のようになる。貯蓄/借入の分だけ、利子付きで調整される。
さて学業をした場合の貯蓄量を考えてみよう。U(C1,C2)をSで微分して式を整理すれば、以下のように導出できる。
U(C1,C2)も計算すると以下のようになる(クリックして拡大可能)。
ws>(1+r)wc+wuに注意して、大括弧内の第1項と第2項を上下の式で比較してもらえば分かるが、必ず就学した方が生涯の効用水準は高くなる。自明と言えば自明だが、貯蓄と借金で消費平準化が可能であれば、生涯所得を増やした方が得になる。
3. 政策的インプリケーション
借入制約があるので、合理的な経済人が、合理的な選択で、生涯所得を低下させていることが分かった。また、借入制約が無くなれば、生涯所得を向上して、経済厚生を高めることができる。
しかし、途上国で借入制約を解消すると言うのが困難で、貧困層は借りた金を返す前に事故で死んだり、事故で死んだフリをしたりするので民間金融機関はお金を貸すことが難しい。
だからRanjan(1999)は、学校に来た子供に一律で奨学金を配ることを示唆している。すると児童労働をするモチベーションが消える。確かにコストはかかるのだが、大人になってから税金で回収する事も、政府であれば可能であろう。
金持ちは奨学金を使わずに貯めておく事も可能だし、経済厚生もパレート改善になるはずだ。フェアトレードなどを手がけるNPOが削減しようとしている児童労働は、政府が本気になったらあっさり消し去ることができる可能性がある。
*1『【ドキュメンタリー】インドの児童労働とCCD』や『カカオ畑で働く子供2』を参照。
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