2012年6月23日土曜日

反・反・贈与経済論

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思想家の内田樹氏の「経済成長の終わりと贈与経済の始まりについて」に対して、カエルの卵氏が「反・贈与経済論」で反論しているが、的を射ていない気がする。

内田樹氏は、(1)消費への欲求に限度がある、(2)金持ちは消費に限界が来ている、(3)消費が増えないので経済成長しない、(4)貧乏人の消費欲求は満たされていないと主張している。ゆえに、(5)金持ちが貧乏人に贈与してあげれば、社会厚生が改善すると主張している。

主張(2)からすると、昔は成立していないと考えられるので、原始社会に戻れと言う事ではない。主張(1)で、交換経済でパレート配分が実現するとは限らなくなっている(*1)ので、市場経済が正当化されない。主張(5)は、主張(1)と(2)からパレート改善(*2)になるのは自明だ。

well-behaviorではない効用関数(*3)と言うのが問題なわけだが、そこは内田樹氏が「あるべき消費者像」を規範的に考えているとしても、氏は経済学者でもないし問題は無いであろう。「互酬性が全く無い贈与」があり得るのかと言う問題は、内田氏は「市民的に成熟」と言っているが、政府の所得再配分はそれを達成できると思われる。高税率の北欧型の福祉国家などが、内田氏の主張に近いのかも知れない。

なお、私は人間の欲望は無限だと信じておりますヽ(´д`)ノ

追記(2012/06/23 18:45):反論が来ていたので追記。確かに『昔に戻って「贈与経済」をやればいい』と書いてありました。

*1厚生経済学の第一基本定理は、消費者の選好が局所非飽和性を満たす事を要求している。つまり、少しでも食事や衣服の量が増えると、消費者は幸せを増加させる事ができないと、交換経済が良く機能するとは言えなくなる。

*2その社会の全員の状態が同一、もしくは改善すること。

*3経済学で便宜的に幸せの水準を表す関数。一般には消費量の増加関数になる事などが仮定され、まとめてwell-behaviorな関数と言われる。

1 コメント:

おのぐう さんのコメント...

余った金を寄付するような酔狂がいないから累進課税とか贅沢税があるわけで、金持ちの徳に期待する贈与経済という仕組みをぶちあげる意味があるのかな、と思うんですがどうなんでしょうかね?

つまりそれは政府の仕事じゃないのか?と。

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