世界銀行本部開発経済局統計課の畠山勝太氏がシノドスに「OECD諸国との教育支出の比較から見る日本の教育課題」と言うエッセイを書いている。
データ豊富で興味深いか、果たして「日本の公教育支出の特徴と課題」を示せているのか疑問だ。なぜなら、高等教育(*1)の教育効果の指標が無く、就学前教育(*2)の重要性が不明瞭だからだ。
1. 就学前教育への信仰
そもそも就学前教育が重要なのかも分からないが、畠山氏は強く信じているようだ。以下のように断定している。
こう主張するならば何かの調査結果で、同じ社会経済状況の家庭で比較して、就学時の学力差が卒業時まで維持されることが示されていると引用すべきであろう。また、本当に就学前教育が重要ならば、義務教育の開始年数を早めるべきでは無いであろうか?
2. 高等教育への信仰
高度な産業ならば、高等教育が労働生産性を向上させると言う信念が、畠山氏にはあるようだ。このように主張している。
間違っているとは言わないが、産業が高度化したとは言え、頭脳労働者ばかりが増えているわけでもない。また、実社会で役立ちそうな経営学は役立たないとか言われている状況だ(WSJ)。理系は役立つと言うけれど、専攻と全く関係の無い仕事についている人は多数いる。高等教育就学率を100%にする意味があるかは、かなり疑問だ。シグナリングの影響を排除した、定量的な高等教育就学率の労働生産性への影響評価が必要であろう(*3)。
教育自体の質の評価も重要であろう。米国でもトップ校以外の高等教育は、その水準が悲惨な状態になっていると言う噂もかなり伝わってくる(統計学+ε: 米国留学・研究生活)。しかし、畠山氏は「高等教育の質に関しては・・・本稿では触れない」としている。教育が労働の質を高めると信じるならば、ここは無視してはいけない。
3. 家庭の社会経済状況と就学機会
就学前教育と高等教育に公的支出を増やす必要があると言うのが畠山氏の主な主張だが、むしろ付録的に記述されている部分の方が気になった。
就学前教育と高等教育の必要性のサポートとして書かれているが、家庭の社会経済状況が子供の学力に強く影響すると言う事であろう。
大卒が増加する必要性は明確ではないが、教育機会の公平性は留意すべき問題なように感じる。むしろまず、そこを分析すべきでは無いのであろうか。その解決方法が就学前教育の充実しかありえず、その解決結果が高等教育就学率の向上であれば、大半の人は畠山氏の主張を支持せざるをえないであろう。
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