2012年6月14日木曜日

積立方式の公的年金にある問題点

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

労働問題が御専門の濱口氏がブログと言うか『年金時代』2012年5月号で、公的年金に関して賦課方式と積立方式について、積立方式にしても本質的な問題は変わらないと指摘している。数字上の貯蓄を増やしても、財やサービスの供給量に限界はあるので、積立方式にしても人口減少の影響を免れる事はできないと言う事だそうだ。

教科書的な経済学(*1)で、二点、補足したい。まず、テクニカルな部分で、数字上の貯蓄は工場設備などに対応しているので、実物の蓄えも存在する事になる。次に、この実物の蓄えを考慮しても、積立方式にすると問題が発生する事になる(*2)。

1. 蓄財は資本財の購入を意味する

積立方式の場合は年金を蓄えていると思いつつ、401kプランなどは実際に株式投資などを選択できるので分かると思うが、実際は投資活動を行っている(*3)。つまり、若いときに商売をしつつ生産設備に投資し、年をとると生産設備を売って、そのお金で生活をする事になる。積立方式の年金は、裏側に資本財があると言う意味で、単なる数字と言うわけでもない。

2. 自然状態では利子率が理想状態にならない

これだけ聞くと、積立方式で問題が無さそうだ。ここで、時代、時代のサービスを含む消費財の供給量は、資本財の量と同時に労働力に依存すると言う制約から、問題が生じる。

利子(=年金の運用利益率)は若年世代と老年世代の資本財と消費財の売買で定まるのだが、自由放任にしておくと利子率が理想的な値にならない。つまり、黄金律(*4)が達成できない。黄金律を実現するためには、人口成長率と利子率が一致する必要があるが、利子は人口動態とともに生産技術の影響を受ける(関連記事:世代重複モデルで見る少子高齢化と利子率)。

特に人口成長率がマイナスの場合は、金利の非負制約があるのでインフレにでもならない限りは一致しない(*5)。少子高齢化だから積立方式が望ましいとは、言えないわけだ。

3. 賦課方式の利点と限界

賦課方式にする事で、政策的に黄金律に近い状態の達成が可能になる。厳密には他の制約を色々と考える必要があるが、経済学的には賦課方式が望ましいとも言えるわけだ。しかし、積立方式を支持する人々も多い。

理由は単純で、上手く政治的に年金の運用利回りを調整できないからだ。9割弱の厚生年金基金の予定利率が5.5%で放置されている(読売新聞)事を考えると、積立方式の方がまだ黄金律に近づける可能性さえある。

つまり、積立方式はある種の政治的な妥協を主張している事になる。しかし、年金制度を大きく変更するのは、年金の運用利回りを調整するより困難なように感じる。面倒を避けるために、より面倒な選択をしているように感じるのは、私の誤解なのであろうか。

*1新古典派経済成長モデルとして名高いDiamond(1965)の世代重複モデルを念頭に置いている。もちろんフリードマン万能を主張する経済評論家を意識して、“新古典派”を強調している。

*2「(死せる労働を債権として保有する)資本家が・・・搾取者として立ち現れざるを得ない」とマルクス経済学的なアプローチをするまでも無いと言う事である。

*3401kのような積立方式には運用失敗時の社会保障をどうするかと言う問題もあるが、ここでは議論しない。

*4各世代の消費を最大化する理想的状態。

*5株価や不動産などの資産価格は下落しているが、配当や地代が負になるわけでもない。

0 コメント:

コメントを投稿