2012年6月10日日曜日

ブラック企業は無くならない ─ 社会学者の卵の会話にある無責任

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東京大学大学院総合文化研究科の古市憲寿氏・川村遼平氏と上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程の大野更紗氏の対談記事が公開されている(前編後編)。何だか初々しい。

院生を掴まえて批判するのは心が引けるが、気になった事がある。ブラック企業を批判するのは良いのだが、ブラック企業が果たしている社会的な役割を考察していない点だ。

1. ブラック企業以外の雇用先はあるのか?

ブラック企業に負けないように、これからは労働法と社会保険の知識が必要だとか、労働基準監督署が機能不全だとか、ブラック企業が潰れればいいとか言っている。初々しいのだが、労働争議は戦前からある問題で今に始まった事ではないし、ブラック企業が無くなったときに雇用先があるとは限らない。特にブラック企業が消失したときの事を考えていないのは問題であろう。

2. 市場価値の高い労働者はブラック企業に勤めない

ちょっと考えれば分かるが、市場価値の高い労働者は待遇の良い企業に転職していく。極度に従業員の扱いが悪いブラック企業に残っている労働者は、やはり本人の労働生産性が低い側面もあるわけだ。ブラック企業が中小零細であれば、残業代を強制的に払わせたりして待遇を改善したら、企業活動自体が成立しなくなる可能性がある。

3. 経営者や管理職がバカでも社会的意義がある

川村氏が心身の疾病を伴う相談で、『何でやっているのかよくわからないという場合。「秩序崩壊型」というふうに呼んでいます。企業の経済的な利益も損なうタイプ』のブラック企業があると指摘している。経営者や管理職が馬鹿だと言うことなのだが、彼らを賢くするのは不可能か、まともな経営コンサルタントのような高コストな対策がいるので現実的ではない。そしてバカでも雇用を創出している分だけ、社会的意義がある。

4. ブラック企業から始まるキャリアもある

待遇の悪い会社で職歴を積んで、より待遇の良い会社に移る人もいる。そういう人が、最初のブラック企業に就職できなかった場合、後のキャリアが続いていたかは分からない。社会保障制度が充実したとしても、それは飢え死にをしないと言う意味であって、職能が充実するわけでは無い。採用面接で雇用側としては、例えブラック会社でも研鑽を積んでいる人物の方が、生活保護を受けてきた人物よりも魅力的に映る。

5. “使い捨て”はゲームのルールで問題ない

ブラック企業が合理的に従業員を“使い捨て”にしている一方で、労働者も合理的にブラック企業を“使い捨て”しているわけだ。ブラック企業に雇われて、メンタル的に過労自殺をする労働者もいる。しかし、冷静に考えれば、死ぬぐらいなら出社しなければ済む話で、大半のブラック企業の従業員はそのオプションを認識している。

6. ブラック企業という存在にある経済合理性

退職や労災が認められないケースなどでNPOが支援しているのは良い事だと思うし、事件や裁判になるような凄惨なケースもあるであろう。頭や心が弱い労働者はいつの時代も存在する。しかし、大半のブラック企業の従業員はブラック企業と“それなり”に付き合っている。違法操業を行うのも、それに耐えるのも、ある種の経済合理性があるわけだ。

7. 社会が動くメカニズムを考察して欲しい

安易に「ブラック企業が潰れればいい」と古市氏は言うけれど、生活保護では職歴も技能もつかない。だから市場価値の高くない労働者は、ブラック企業を必要としている。だからブラック企業は無くならない。社会学系の人は社会がどういうメカニズムで動いているのか関心が無い事が多いけど、研究者の卵ならそういう現実を直視した上で労働者のために何ができるかを考察して行って欲しい。経済学的なアプローチは嫌いかもしれないけど。

追記(2012/06/10 13:49):労働問題を専門とする濱口桂一郎氏から「労働条件がひどいだけではブラック企業じゃない件について」とコメントがあったので紹介しておきたい。

過去の日本の雇用環境の大半は見返り型滅私奉公型で、最初は苦しくても後で待遇が改善していたが、現在の雇用環境は大半(もしくは一部)は使い捨て型で、最初から最後まで苦しい。このメンバーシップ型からジョブ型への比重増加は、非正規労働者の増加で説明できる。

労働者が雇用先を選ぶときに情報の非対称性があるので、滅私奉公型だと思って使い捨て型の職場を選んでしまうケースがあり、この場合は労働者側が不利になる。つまり、経済学に言えば、情報の非対称性や労働市場の摩擦を考慮すると、制度移行期には最適な労働配置が達成されずに、必要以上に苦しむ労働者が増加する。

この主張は説得力があるように思われる。例えばブラック会社から円滑に退職できない事が社会問題として取り上げられているが、典型例と言えるであろう。労働条件を明確化したり、退職・再就職のコストを下げたりすると、社会状態が改善する事になる。

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