2011年7月4日月曜日

電気代が人頭税? ─ 池田信夫と藤沢数希が経済学音痴を露呈する

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人頭税は全ての国民1人につき一定額を課す税金の事だ。経済学者を自称する池田信夫氏と、人気ブロガーの藤沢数希氏が電気代が人頭税だと言っている。

税金では無いのは、電気が現代生活に不可欠と言う事で同等だと理解を示そう。しかし、電気代は重量課金だし、基本料金も契約に応じて変化し、家族構成とも関係ないので、定義上は人頭税とはとても言えない。そもそも電力消費における家庭の割合は約29%だ。そして実質的にも、電気代は人頭税とは言えない。

1. 金持ちは電気を多く消費する

貧乏人も金持ちも同じ額の電気代を払っているって? ─ そんなわけがない。

経済学の入門テキストには、電気は必需品だから需要の所得弾力性が低いと書いてある。確かに所得が倍になっても、電気を倍使うわけではないであろう(追記(2012/05/31 22:10):推定では大雑把に1.28倍程度)。しかし、金持ちは光熱費のかかる広い家に住み、電力消費の多い電化製品を多く使っているはずだ。55V型の大型テレビは、22型の小型テレビの3倍の電力を消費する(SONY BRAVIAのカタログ)。金持ちは節電だって気にしないはず。

上のグラフは東京理科大・井上隆教授の第3回住宅エネルギーシンポジウムの資料「エネルギー消費と住まい方の実態」から転載した図だが、所得に応じて電力消費量が増加する事は分かる(関連:家計調査報告から作成した所得別電力料金)。所得2倍でも電力消費は1.3倍程度なので、電気は高級品ではないが正常財である事が分かる。所得弾性値が0(正確には所得効果と代替効果が0で価格効果が無い)なら、本当の経済学者たちが価格メカニズムによる需給ギャップ解消を提言したりしない。

追記(2011/07/04 22:00):厳密には世帯人数も考慮する必要があるが、平成19年就業構造基本調査によると、年収600万円以上になると世帯人数の大きな増加が見られないため、年収600万円以上は一人当たりの電力消費量が増加している。世帯人数を考慮しても、電力需要に所得弾力性は認められる。なお、世帯人数別電力消費量は1人ぐらしを1とすると、2人で1.5、3人で1.9、4人で2.1、5人で2.4程度になるようだ(上述配布資料内P.4図1.19)。電気に限らずだが、大家族の方が効率が高い。

追記(2011/07/06 02:30):家計調査報告(家計収支編)の2010年四半期データ1年分から、下の所得区分別一人当たり電気代データを作成した。所得が672万円(VIII層)までは世帯人数の増加による効率化で一人当たり電気代が下がり、それ以上のIX層、X層は所得効果により一人当たり電気代が上昇していると思われる。

2. 家庭部門の負担増加は消費の面からは大きくは無い

人頭税で無いにしろ、電気代値上げは貧乏人の方が負担感が強くなると言うのは間違いないが、どれぐらい値上げになるかが問題になる。池田信夫氏と藤沢数希氏が指摘している原発停止に追加燃料代の影響や再生可能エネルギーによる影響は、家計部門の消費においては大きくない。

原発を止めたままにすると、今年いっぱいで全国で3兆円以上の燃料費が余計にかかり、これは電気代に転嫁される。電気代は所得に関係なくかかる「人頭税」だから、貧しい人の負担が最大。反原発で騒いでいるプー…

上は池田氏のTweetだが、追加燃料代を多く見積もり過ぎ、電力業界が16兆円産業なのを認識していない。経済産業省所管の日本エネルギー経済研究所の試算では、標準家庭(所得500~750万円)の電気代は月1049円(15.3%)の増加だ(読売新聞)。企業の負担増から物価もあがるはずだが、日本のGDPは2009年度で519兆円あるので0.3%程度のインフレ圧力にしかならないであろう。

自然エネルギーというのは、電気代という人頭税を徴収し、

上は藤沢氏のブログの一部だ。再生可能エネルギー推進による電力料金の影響は、より少ないかも知れない。再生可能エネルギー大国であるドイツは17%が再生可能エネルギーではあるが、電気料金への影響は10%増程度だと考えられるからだ(Frondel, Ritter, Schmidt and Vance (2009)EICネットの数値から推定)。

産業部門への影響から雇用減にでもなれば間接的に家計への影響が出てくるのだと思うが、それについては「人頭税」とは別問題なので今回は議論はしない。

3. 池田信夫氏と藤沢数希氏の学識を疑う

定義上も実質上も電力料金は人頭税ではない。経済学部で人頭税の定義と所得の需要弾力性を学んでおけば、誰が電力料金を払っているのか、所得に応じて電力消費量が変化するのかを確認し、こういう発言をしないはずだ。

経済評論家としては人目につく言葉を使いたいのは分かるが、余りに基本的な部分を疎かにすると経済学を学んだ事があるのかさえ疑われるだろう。今回に限らずブログ等での数々の学識が疑われる文面を見ていくと、池田信夫氏と藤沢数希氏を経済学音痴と言わざるを得ない。最後に彼らの問題文書を取り上げた本ブログのエントリーを紹介しておく。

以下は池田信夫氏と藤沢数希氏の特定の発言をピックアップしていないエントリーだが、これもリストしておく。

2 コメント:

HDK さんのコメント...

はじめまして。node.jsの記事を探していて辿り着きました。
とても面白い話題ですね。

池田氏に肩入れする気はまったくないのですが、彼の主張は好意的に解釈すれば、電気代の値上げは「(他の諸政策と比較して)人頭税(的な性質が強い)」なので「一番影響を受けるのは低所得者」ということであり、確かにuncorrelatedさんの電力使用量の所得弾力性の分析は正しいのかもしれませんが、論旨全体の適切な批判にはなっていないのではないでしょうか。

ただ確かに一人当たり1000円ちょっとの値上げがそんなに経済全体にインパクトがあるかというとクエスチョンではあるので、むしろ藤沢氏の主張の方が言葉たらずというか飛躍してると思います。

この件は、とにかく詳細は省いても主張をみんなに知って欲しいというジャーナリスティックな話法と、多少長くなって読みにくくても厳密に言いたいというアカデミックな話法の流派の違いな気がします。

ともあれとても面白いエントリでした。これからも楽しみにしています。

uncorrelated さんのコメント...

>>HDK さん
コメントありがとうございます。

所得弾力性が低く逆進性があると書いてあったら、おかしくは無いのですが、税金でもないのに「人頭税」と書かれると論理的な批判ではなく、情緒に訴える論法な気がしたので検証してみました。

どちらも「学者」を名乗っているので、根拠は明確につけて欲しいところです。

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