電気代は人頭税ではない事を主張したエントリーで、所得効果がほとんど0ではないかという指摘を受けた。そのときに参照した文献では数値が明確に分からなかったので、誤解を受けたようだ。
そこで家計調査報告(家計収支編)の2010年四半期データ1年分から新たにデータを取得し、簡単に電気代の所得弾力性を計算して、「金持ちは電気を多く消費する」と言う仮説を検証してみた。
1. 推定モデル
前回のエントリーで混乱を生んだのは、所得効果が二つの経路で電気代に影響を与える事だ。一つは広い家屋の光熱費・高級家電・節約意識の欠如などで発生する所得効果、一つは子どもなどの世帯人数の増加による効率性向上効果だ。
所得効果と効率性向上の影響をどう識別するかが問題になるが、以下のようなコブ=ダグラス型需要関数を用いてみよう。
αは平均的な家計が払わざるを追えない固定的金額だ。β1は世帯人数による効率性向上を表す変数で、β2が所得向上による電気代の上昇を表す変数となる。β3は季節変動を調整するダミーだ。
+ β3・第2四半期ダミー + β4・第3四半期ダミー + β5・第4四半期ダミー
+ ε
上式のように全ての変数を対数化し、四半期ダミーと誤差項εを追加して最小二乗推定を行う。
2. データセット
データセットは、家計調査報告(家計収支編)の2010年四半期データ1年分から、年次データを作成した。これは集計データなので、細かい属性は入手できず大雑把なものだ。所帯人数と収入の両方で分けた調査データがあれば、そもそもこのような推定式を仮定する必要は無い。2010年のデータだけを用いているので、データ内では電力料金の改定は無いと仮定している。また、可処分所得が得られなかったので、世帯所得を所得として用いており、推定される弾力性は低めの評価となるが、仮説の検定には問題は無いであろう。
データセットの基本統計量は省略するが、グラフ化すると所得効果と効率性向上効果を観察することができる。ただし、具体的な弾性値ははっきりしない。
672万円の層までは電気代が低下し、それ以降は上昇するので二つの効果が混じっていることは、直感的には分かるであろう。
3. 分析結果
推定結果は以下の表になる。自由度調整済重相関係数0.9871、F統計量595.9(自由度34)で統計学的には良好な推定結果が得られている。各変数の係数の有意性も1%未満のP値が得られ、計量的には信頼性がある。
推定量 | 標準偏差 | t値 | P値 | ||
---|---|---|---|---|---|
切片項 | 7.22276 | 0.13429 | 53.783 | 2e-16 | *** |
log(世帯人数) | 0.22113 | 0.05977 | 3.700 | 0.000759 | *** |
log(所得) | 0.28296 | 0.03009 | 9.403 | 5.51e-11 | *** |
第2四半期 | -0.19158 | 0.01386 | -13.826 | 1.62e-15 | *** |
第3四半期 | -0.10485 | 0.01387 | -7.558 | 8.90e-09 | *** |
第4四半期 | -0.21285 | 0.01387 | -15.341 | 2e-16 | *** |
β2は0.22113(95%信頼区間0.100~0.343)となり、世帯人数の上昇は電気代の上昇を招くが、1より十分に小さく単純に比例していない事が分かる。β3は0.28296(95%信頼区間0.222~0.344)となり所得の上昇は電気代の上昇を招くが、1より十分に小さく単純に比例していない事が分かる。
コブ=ダグラス型の関数なので、β2とβ3の係数はそのまま弾力性となる。つまり、電気代の所得弾力性は0.28296で、統計学的に十分な有意性をもって0ではないと結論できる。なお電気代が人頭税的であればβ1=1でβ2=0になるはずなので、β1とβ2の両係数の推定量は電気代が人頭税的であることを否定している。
追記(2011/07/08 08:27):同じ手法で食料品の中で「米代」の性質を調べると、所得弾力性は-0.02450(95%信頼区間-0.138~0.089)でほぼ0、世帯人数への弾力性は0.702(95%信頼区間0.477~0.928)となり、米代は電気代より人頭税に近いことがわかる。
食費の所得弾力性は世帯人数を調整すると0.247(95%信頼区間0.185~0.309)所帯人数に対する弾力性値は0.4905(95%信頼区間0.368~0.613)と電気代より高くなる。教科書には食費の所得弾力性は0.6程度と書かれているそうだが、今回の推定と異なり、可処分所得に対する家計全体の食費になっているのだと思われる。
4. 結論 ─ 高所得世帯は電気代を多く消費する
概ね検証仮説は支持されている。単年のデータを用いているので、電気代を電力消費量の代理変数とするのは可能であろう。「金持ちは電気を多く消費する」は、金持ちが高所得世帯を意味するのであれば、所得弾力性が1.28とあり、統計学的に0より大きいことが示されているので支持される。
計量モデルや推定方法の精緻化は可能であろうし、そのときに結論が変わってくる可能性は否定できないが、計量的に「電気代は人頭税」という議論を展開すると、このような手順を踏むことになる。学術的議論であれば先行研究を良く参照し、理論モデルから計量モデルを導出し、データの不均一性などを良くテストしてから分析するべきではあるが、一般向けのブログのエントリーなのでその作業は割愛した。真摯に関心がある人は、学術雑誌の実証研究を調査すると良いであろう。
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