2011年6月9日木曜日

日本は資本主義が通用しない国?藤沢数希の勘違い

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ブログ金融日誌の藤沢数希氏が、日本は資本主義が通用しない国だと村上ファンド代表の村上世彰氏の有罪確定を批判している(アゴラ)。

日本の資本市場の有り方への批判はともかく、同事件に関しては欧米型の法規制が適切に運用された結果のように思えるので批判したい。また、東京地裁の判決理由は覆っており、高裁はより慎重に、最高裁はより明確に規制を適用しているため、藤沢批判は勘違いに思える。

金融日誌には以下のような注意書きがあるのだが、ウェブ上ではそこそこの著名人なので、あえて藤沢数希氏の指摘を批判してみたい。

※当ブログはフィクションであり、登場人物その他全ては架空のものです。(要するに全部ネタと言うことです)

1. 資本市場には情報の公平性が求められる

藤沢氏を批判する前に、インサイダー取引が、なぜ違法なのかを確認したい。

資本市場は売買ゲームの側面があり、勝った負けたはプレイヤーの責任である一方で、プレイヤーが持つ情報を等しくするという非現実的とも言える指針がある。一部の関係者が特別な情報で勝ち続ける資本市場であれば、必ず負ける一般投資家が参入できず、企業の資金調達に問題が発生するからだ。

この公開情報と言うのが曲者で、概ね有価証券報告書の発表や、報道機関の報道から一定期間後の情報となるようだ。新たな鉱山や油田が発見されると、情報が広く行き渡るのを待つため、関連する会社の株式は取引停止になったりする。このように、公平な資本市場は窮屈なので、LBOで非上場会社になる大手企業も存在するようだ。

市場参加者が公平に売買ゲームができる環境を作るために、インサイダー取引は違法になっている。つまり、インサイダー情報とは株価の形成に影響を与える非公開情報で、この点を認識していないと議論がおかしくなりがちだ。

2. 株価への影響が重要で、夢の実現可能性は関係ない

藤沢氏は「企業の経営者が株主や利害関係者に、それが実現できるかどうかは別にして、自らの思いを語るようなことはよくあるが、それらも全てインサイダー情報にされてしまっては、投資家は会社の経営陣とほとんどコミュニケーションが取れなくなる。」と、地裁・最高裁判決を批判している。

ライブドア社のニッポン放送買収の試みは、実現可能性の無い「思い」や「夢」の類であったのであろうか。地裁判決では『実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題にならない。』と、ライブドア社のニッポン放送買収の試みをインサイダー情報と認定していた。高裁判決では実現可能性についても『それ相応の実現可能性が必要である』と言及した上で、インサイダー情報と認定していた(弁護士 落合洋司(東京弁護士会)の「日々是好日」)。ところが最高裁判決は、ライブドア社が大量にニッポン放送株を買い付けることを決めたとの情報で足りるとしている(毎日jp)。

インサイダー取引の規制理由を鑑みると、最高裁判決が妥当に思える。市場の公平性と言う観点から見れば、ライブドア社の行動がニッポン放送株の株価に影響を与えるか否かが問題であって、ライブドア社が目標を達するか否かは関係ない。それが荒唐無稽な行動でも、その情報から利益を得ることができるのであれば、インサイダー情報になり得るわけだ。実際に、村上ファンドは30億円の利益を手にしている。

追記(2011/06/10 08:40):今回の最高裁判決は、1999年6月10日の日本織物加工株インサイダー事件の最高裁判決に準じており、村上ファンドのインサイダー取引が特例的に犯罪行為と見なされたわけではない。

3. 高裁判決では「物言う株主としての側面」は関係ない

藤沢氏は東京地裁の判決理由を批判しているが、高裁では村上ファンドが持っていた「物言う株主としての側面」は量刑事情に関係ないと明言されており、それは明確に覆っている。つまり、機関投資家が経営陣に圧力をかけるのは、社会秩序を乱すとは言えないと認定された。外国法事務弁護士・米NY州弁護士スティーブン・ギブンズ氏も、「高等裁判所がようやく理解した」と評価している(法と経済のジャーナル Asahi Judiciary)。

4. 機関投資家はrationaleを求められる

株式の売買には、公開情報に基づく事を示す、論理的根拠(rationale)が必要になる。藤沢氏は、投資家が経営陣とほとんどコミュニケーションが取れなくなると批判しているが、不用意なコミュニケーションは日本に限らず世界中で危険だ。「聞いちゃった」ら違法なのだから、コミュニケーションには慎重を要する。

コンプライアンスの観点から言えば、頻繁に売買を繰り返すトレーディング部門と、投資先の経営に関わる投資銀行部門を明確に分ける必要があるのであろう。村上ファンドは、二つの金融機能を同時に行っていた事もあり、最終的にrationaleが不足してしまった。

5. 先進5か国ではインサイダー取引になり得る行為

日本以外のG5、米国、英国、ドイツ、フランスでもインサイダー取引は規制されている(インサイダー取引規制の各国比較)。米国では「20年以下の懲役刑若しくは500万ドル以下の罰金又はその併科」と、殺人罪と同等の重さになっている。インサイダー取引に対する、日本の懲罰は軽い。

村上ファンドのような外部投資家がインサイダーになるかも問題になるが、日本、米国、英国では明確に内部者になるようだ。ドイツとフランスは職業・職務により情報を得たものとあるが、村上氏は機関投資家の代表なので、両国でもインサイダーと認定される可能性が高い。

6. 日本は資本主義が通用しない国?

藤沢氏が批判する地裁判決は資本市場への無理解さが目立ったが、高裁・最高裁判決は概ね妥当なもののように感じる。市場の公平性の観点からインサイダー情報が認定されているし、「物言う株主としての側面」は量刑事情に関係ないとされているため、藤沢批判は不適当だ。

資本市場を維持するためにはインサイダー取引は厳しく取り締まる必要があるし、他の先進国でも厳しく取り締まられている。ゆえに村上世彰氏の有罪判決は、日本は資本主義が通用する事を示していると言えるであろう(関連記事:自らが望んだ世界で裁かれた村上世彰)。

ただし、日本は資本主義が通用する国であるか否かは、また別の問題だ。菅首相の87%という根拠の弱い数字を理由にした浜岡原発の停止要請を受諾した中部電力に十分なrationaleがあるかは疑問だし、機関投資家がその点を追求した気配も無い(関連記事:地震の発生確率について、文系らしく説明してみる)。枝野官房長官が、銀行に債権放棄を要請して混乱を招いたのも最近の話だ。

欧米型の資本主義とは違う何かがあるように感じるわけだが、全ての経済事件が欧米型の資本主義と違うルールで裁かれているわけではない。日本の異質性をブログに書くとアクセス数が伸びるのは良く分かるが、手当たり次第に批判をするのは問題だ。

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