2011年6月27日月曜日

反原発は非合理的?そうとは言えない7つの理由

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原発再起動の反対運動に関して、賛否両論が起きている。福島第一原発の事故・災害を受けて原発の信頼性が揺らいだ結果だが、原発再起動に否定的な意見を非合理的だと断定する人もいる。

反原発批判者は、東日本大震災と同等の災害は今世紀中は起きない、もし起きても対策済みだと主張する。また、原発を再起動しないと電力不足で経済的被害が甚大だそうだ。ゆえに反原発派は非合理的だそうだ。本当にそうだと言い切れるのであろうか?

少し考えると、当面の原発再起動反対にも何らかの合理性があるように思えてくる。幾つかその根拠を考えてみよう。

  1. 福島第一原発の災害・事故の全容が解明されておらず、安全基準の本格的な改訂も行われていない。津波以外に地震自体で重大な損傷があった可能性も報道されており、現在までの事故処理も適切に行われているか疑問がある。
  2. 原子力安全・保安院が安全だとしていた浜岡原発を、菅内閣は危険性があると停止要請を出した。浜岡原発と他の原発の危険性の差異は、信頼のおけない地震発生確率以外に十分に示されておらず、他の原発が安全だと言える根拠がない(関連記事:地震の発生確率について、文系らしく説明してみる)。
  3. 原子力安全・保安院や電力会社は危険性を低く評価してきた前例がある。専門家の警告に関わらず貞観地震の大津波を適切に評価して来なかったのはもちろん、十分な安全対策をしていなかったとIAEAの元事務次長も指摘している(産経ニュース)。
  4. 原子力安全・保安院の出した緊急対策措置に不安がある。水素が充満した建屋に電気ドリルで穴をあける確率は低いのかも知れないが、そんな計画を立ててしまう原子力安全・保安院を信頼できない。放射線防護服は原発間で融通する予定なのだが、僻地から僻地への輸送手段に触れない原子力安全・保安院を信頼できない。
  5. 万が一、福島第一原発と同等かそれに近い甚大事故が発生したときに、政府や電力会社に事故対応が可能な余力が残されているのか疑問がある。福島第一原発の事故対応に、膨大なリソースが割かれているのは明らかだ。
  6. 経済産業省管轄の原子力安全・保安院は安全性確保よりも、原発稼動に意欲を燃やしているように思える。高速増殖炉原型炉もんじゅを監督する立場なのに「年度内に本格稼働に結び付けたい」と言ってしまう原子力安全・保安院は信頼できない。
  7. 電力不足を主張されるが、それは電力会社の誇張かも知れない。火力や水力発電などでどれほど補えるか、節電による削減余力がどれほどあるかといったデータは十分に示されていないと、毎日新聞は6月18日の社説で論じている。

今の時点の報道や発表から判断するに、明白におかしい主張は無いはずだ。

実際の所、一般の人は原発の素人だから原子力安全・保安院と電力会社の仕事ぶりの妥当性は分からない。伝わってくる情報を総合して、信頼できるか否かで判断をしている。情報は正しくあるべきだと思うが、それによって下す判断が人によって異なるのは当然だ。少なくとも非合理的だと非難するだけの根拠は、今日の時点では出ていない。

1 コメント:

hi-ohara さんのコメント...

全うな意見です。素人には良いのか悪いのか難しいのですが、現実を見ると「安全神話」はプロパガンダの結果であり、「電気よりも水」は当たり前です!
 是非に電力会社の発電余力と(コストは来年度原発ストップすれば+3兆/現有供給能力は、なぜか出て来ない)企業自家発電能力(自家発電コストを15〜20円/企業ベース…六本木ヒルズを参照としたい)と電力会社が真剣に引き出そうとしているのか、を知りたい。そして、あまりカウントしていないと思われる揚水発電能力の残(コストは32〜33円と聞いています)も開示されれば、略視えてくると思われます。
 関電の場合では、先日の発表の企業自家発電購入と揚水発電を加えて+数十万キロワットとしていましたが、一桁少ない様に感じています。橋下知事が今夏をどう過ごせるかが、原発必要不可欠か否かを極める機会としているのは当たり前です! 是非、考察願います!

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