平成23年6月7日に配布された官邸内・国家戦略室の「革新的エネルギー・環境戦略について」と言う資料が話題を呼んでいた(朝日新聞、kojitakenの日記)。
報道やブログ記事では誤解されているのだが、現在までのエネルギー戦略を確認した上で、福島第一原発の災害・事故をどうエネルギー戦略に反映させて行くかと言う内容になっている。現在までのエネルギー戦略は右図の通りだが、火力を減らして、原子力と再生可能エネルギーの比率を増やす事が目標になっていた。価格や安全保障の面から化石燃料への依存を減らし、二酸化炭素排出削減を達成するには合理的な戦略に見える。
福島第一原発の災害・事故後に、このエネルギー計画をどうするかは関心を持たざるを得ないわけだが、実際には選択肢がほとんどなく、従来路線の踏襲は不可避に感じる。
1. 火力発電所には頼れない
火力発電は成熟した技術で、現在ではコストも再生可能エネルギーよりは低く、需要追随運転も可能で、稼働率も高い。LNG火力を使えば、大気汚染も多くは発生しない。二酸化炭素による地球温暖化と、化石燃料価格の高騰が無ければ、火力発電所は発電方法として優れている。
地球温暖化は数多くの疑義がかけられている説だが、概ね専門家の意見はそれを認めており(地球温暖化懐疑論批判)、日本政府も賛同している。化石燃料価格の高騰は深刻で、2008年をピークにだいぶ落ち着いたものの、2001年と比較すると近年は原油で3.5倍、LNGで2倍、石炭で4倍となっている。新興国需要が堅調なため、値上がり傾向は深刻だ。
2. 再生可能エネルギーは頼りない
水力発電を除く再生可能エネルギーは、賦存量、コスト、稼働率の面で問題が多い。需要追随運転ももちろんできない。特に日本に立地する事を考えると、ほとんどの選択肢に問題がある。風力発電、太陽光発電、太陽熱発電、地熱発電と各種あるが、失敗事例を探すのは難しく無い。浮体式洋上風力発電や高温岩体発電が期待されているエネルギー源だが、日本国内には実証施設さえ無いのが現状となっている(関連記事:闇の勢力と夢の発電技術)。
3. 原子力発電所の信頼が揺らぐ
原子力発電所は需要追随運転が苦手なことを抜かせば、最も廉価な発電方法であり、二酸化炭層も排出せず、大気汚染も発生させない。核燃料サイクルが未完成なことは問題だが、技術的な見通しが悪いわけではない。2011年3月10日までは、火力や再生可能エネルギーの問題点から、大半の人には原子力依存度の引き上げは合理的に思えた。
福島第一原発の災害・事故は状況を一変した。貞観地震以来の1142年ぶりの津波で、非常に稀な災害であったのは間違いない。しかし、事態収拾までの目処も付いておらず、災害の賠償/保障スキームも固まっていない。賠償金額の詳細な見積りも計算されておらず、根拠不明の金額だけが一人歩きしている状態だ(関連記事:福島第一原発事故による賠償金額)。事故発生確率×損害金額が今後の原発コストの見積りに上乗せされるわけだが、事故発生確率も損害金額も誰も把握できていない状態が続いている。
4. 脱原発は可能なのか? ─ 長期短期の選択肢
現在の国民所得を維持した状態で、脱原発は可能なのであろうか。
短期的に取りうる選択肢は、火力か原発の二択になる。再生可能エネルギーは全て技術革新なしでは実用性が低い技術だ。今夏となると、原発を動かすか、動かさないかの二択だ(関連記事:柏崎刈羽と福島第二の停止中原子炉は早期に運転を再開すべき)。発電所の建設・再起動には時間がかかるためだ。火力で代替可能であったとしても、コスト的な理由で経済にかかる負担は大きい(関連記事:原発を停止の年間コストは1兆1387億円)。
長期的には、再生可能エネルギーか原発の二択になる。二酸化炭素排出問題と化石燃料価格の問題で、火力の比重は減らさざるを得ない。しかし、再生可能エネルギーはコストと稼働率に問題があり、原子力を代替できるほど技術的に成熟していない。唯一期待できる浮体式洋上風力発電が実用化されても、稼働率や需要追随性を考えると代わりにはならない。選択肢は増やす必要があるが、大きな期待は持てないのが現状だ。
5. 原発以外、選択肢が残されていない
原発のリスクを再評価した上で、他の発電源と比較するのが理想だ。しかし、極端に選択肢は無く、事故発生確率や損害金額を議論する前に、原発を辞めるか、貧しくなるかの二択になっている。事実上、消極的な原発推進、つまり原発容認のみが選択肢としてあたえられている。
唯一の選択肢を肯定する状況は多い。福島第一原発のみが大きな損害を受けたこと、他の原発ではステーション・ブラックアウトの対策が取られたこと、福島第一原発の放射性物質の流出が住民健康被害に結びつきそうに無い事が、原発を容認する理由として魅力的に思えてくる。放射能汚染に関しては、ICRPが出している情報では、年間被曝量が100ミリ・シーベルト未満では影響は観察されそうにないし(実際に確認されているのは年間200mSv以上)、チェルノブイリのときの事例を元に考えても住民への影響は無いと考えられる(金子(2007))。
リスク・マネージメントを強化しつつ、原子力政策を強化する。意外性が全く無く、安心を約束してくれるわけでもないエネルギー戦略しか選択肢に無い。燃料価格高騰やCO2排出問題を忘れれば火力発電が現実的に思える。コストや稼働率、賦存量を忘れれば再生可能エネルギーが魅力的に思える。しかし、これらの要素を忘却するわけにはいかない。大幅な技術革新が発生しない限りは、原子力が最も現実的な選択肢になる。
6. 原発のリスク・マネージメント
原発のリスク・マネージメントをどうするか。反原発デモをよそに、実際に問題になっているのはここだ。今後30年間の地震発生確率87%と言う根拠が曖昧な数字を元に浜岡原発を停止要請を行った菅内閣は、他の原発は安全対策が取られたと宣言を行った(毎日jp)。
浜岡原発は国の耐震基準を満たしており、原子力安全保安院が指示した緊急安全対策も行っている。浜岡原発を危険とすると、安全基準か首相要請のどちらかがおかしい事になる。統計的には、観測数3で点推定を行った確率モデルの数字を信じている、首相要請の方がおかしい(関連記事:地震の発生確率について、文系らしく説明してみる)。
原発のある地方自治体は、十分な安全対策が取られているか根拠不明とし、原発再稼働要請にはまだ応じない方針の所が多い(産経ニュース)。政府説明の一貫性の無さが問題なだけなので、茶番に感じるかも知れないが、リスク管理に根拠を持たせるのは安全管理上は必要なことだ。根拠が十分に説明されたと判断されたら、原子力開発の推進は結局は不可避だと再確認される事になるだろう。
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