『情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律(刑法の一部改正)』、通称『コンピュータ監視法』が、短期間の審議で成立したので、話題になっている(BLOGOS)。
ウイルス作成罪と見なされているようだが、条文を読む限りでは、ウイルス作成者の行動を抑制する効果は無いように思える。むしろ、アプリケーション内の広告で収益を得るビジネス・モデルや、プログラマが遊びでソフトウェアに組み込む隠し機能「イースター・エッグ」の方が問題になりそうだ。
1. 正当な理由? バグも罪になるの? 某社の製品は?
特に議論を呼んでいるのは、以下の部分であろう。ソフトウェア・エンジニアのTwitterタイムラインを見た印象からだが、そう外してはいないはずだ。
第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
そもそもソフトウェアは人間の意図に沿った動きなどしないので、何が正当な理由なのか、意図せざるミスで発生した動作、つまるバグをどう判断するべきかが問題になっている。ただし、正当な理由は裁判官が判断すれば良いし、バグは業務上の過失なので、この2点は問題は無いだろう。殺人罪の条文には、殺意の必要性は書かれていない。
2. ウイルス作成者は狙い撃ちできない
ウイルス作成罪と言われるが、研究開発のためのウイルス作成は「正当な理由」だと主張できるので、問題が無いように感じる。研究・実習目的のウイルス作成・保持が有罪になるかどうかは判例待ちになるが、現状でも器物損壊や威力業務妨害で立件すれば十分なので、ウイルス対策にはならない。ウイルスを作成した段階では事件が露見する事が無いので、犯人逮捕時には器物損壊や威力業務妨害が必ず発生しているからだ。
3. 一部のオンラインソフトは即違法
正当の理由無く利用者が意図しない動作が有罪になるので、強制的に利用者に著作権法違反を誘導するWinnyのようなアプリケーションの作者を犯罪者にする事は可能だ。不正シリアル・コードを入れるとHDDのデータを全消去しにかかるシェアウェア(WinGroove)や、マルウェア(悪意のあるソフトウェア)に早変わりするシェアウェアがあったが、それも恐らく有罪になる。この点は高く評価したい。
4. イースター・エッグも違法?
イースター・エッグの方が問題になりそうだ。Windows XPでは、経営陣の指示を無視してプログラマが以下のような「遊び」の機能を隠して搭載している。正当な理由が無く、また不慮の事故でもない実装コードなのは間違いない。
イースター・エッグ、不要だって?
腕のいいソフトウェア技術者の間の文化なので、そこはぜひ御理解を頂きたい。
5. このフリーソフト、要らない広告が出るんだけど!
近年の多くのソフトウェアは、広告によって対価を得ている。ウェブ・アプリケーション、フリーのアンチウイルス・ソフトウェアや、AndroidアプリやiPhoneアプリでは、広告モデルによる収益はごく一般的である。特にスマートフォンでは年々多くなる傾向がある。
ところが、これらの広告は厳密には大半のユーザーの意図に反する動作だ。しかし、無断で広告を出す事を「正当な理由」にしてしまうと、アダルトサイト等の広告を出すマルウェアが合法になってしまう。
6. 現実的な法律にするために必要な要素
広告モデルとイースター・エッグを合法にできないと、現実のソフトウェア産業との乖離が大きくなってしまうので、ソフトウェア・エンジニアとして、次の点を加味して条文の修正を求めたい。
- 利用者が意図しない動作が発覚したときにインストール直前の状態に戻せると言う意味で、適切にアンインストールできるソフトウェアは合法になる条文。マルウェアは大抵、アンインストールする方法を提供していない。
- 利用者が意図しない動作を隠蔽しているソフトウェアは、明確に違法とする条文。マルウェアの大半は、ユーザーの許可無くバックグラウンドで悪意のある動作を行っている。しかも、それがプロセス・リストに出ないようにするなど、念入りな隠蔽工作を行っている時が多い。
これで広告モデル、イースターエッグを除外できる。条文が修正されなくても、今後の判例では無罪にはなりそうだが、何でも裁判官任せの国会議員というのも情けない。ぜひ条文の修正を求めたい。
1 コメント:
この記事の条文を読む限りタイトルロールを出すだけの普通のイースターエッグはおとがめ無しではないでしょうか。常識的に考えて、規定の機能が割り振られていない手順を実行すると特別な画面が出てくるという仕組みは無害ですし不正とはいえないでしょう。作業上特定の文脈、場面において規定の機能を利用できなくなる悪質で意図的なものだけを問題にしないと社会的な混乱が生じうると思われます。またイースターエッグの一律的禁止は表現の自由の侵害そのものだと思います。
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