2012年5月10日木曜日

個別漁獲割当の隠された目的

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漁業資源には共有地の悲劇と呼ばれる、毎年一定量の漁獲高であれば永続的に利益を上げられるのに、漁業資源を捕り尽くして枯渇させてしまう問題がある。だから漁獲高を管理する必要があり、その方法も総漁獲可能量(TAC)、個別漁獲割当(IQ)、譲渡可能個別漁獲割当(ITQ)と色々と考えられている。

これに関連して、個別漁獲割当による漁業資源管理が漁業再生に役立つと主張する勝川俊雄三重大学准教授のインタビュー記事がBLOGOSに掲載されていたのだが、細々とした部分で疑問が多い。TAC、IQ、ITQについて用語確認をした後に、勝川氏の主張にある疑問点を整理し、氏が隠していると思われる目的を明確にしたい。

1. TAC、IQ、ITQの違い

TACは毎年の漁獲高を決めておき、漁業解禁日から制限される漁獲高まで誰でも漁業が可能な方式だ。IQは個別の漁師に漁業権を割り当てる方式で、ITQは漁業権を譲渡可能にしたものだ。この中で資源管理方法として、ITQが優れているとされる。

2. IQ/ITQの優位性

TACだと解禁日から全力で漁に行かないと、他の漁師の頑張りによって捕り損なう可能性がある(オリンピック方式)。IQ/ITQだと漁獲量は保証されるため、急いで漁を行う必要が無い。つまり、市場の値動きにあわせて漁を行う事ができるため、魚種によっては同じ漁獲高でも高い利益を得る事ができる。また、慌てて小物を捕る必要も無い。

3. IQ/ITQにある課題

IQ/ITQは漁業資源には良い事が多いのだが、導入には課題もある。まず、管理方法の問題で、個別の漁師の漁獲高を管理する必要があり、市場の流通漁だけ監視していれば良いと言うわけにいかない。次に、漁業権が排他的独占権を与えるので、漁師に割り当てる方法に公平性が必要になる。既存漁業者に割り当てれば既得権益の維持と言う事になるし、オークション方式にしたら既存漁業者の収益率を大きく落とすリスクがある。

4. 日本の漁業資源管理

日本はあまり積極的に漁業資源管理をしていないらしい。NIRA(2008)には、「日本の場合わずか7種にTACが設定されるだけで、他の残りの数十種類の有用魚種にはTACすら設定されていない」とある。資源管理意欲の低さが問題なようだ。

5. 勝川准教授のIQ/ITQ導入論にある疑問

さて、勝川俊雄三重大学准教授が、IQ/ITQの導入による漁業資源管理の徹底を訴えている(BLOGOS)。基本的には同意できるものの、インタビュー記事と言う面もあり、幾つかの点で議論が粗雑だ。

  1. IQ/ITQが、TACより漁業資源の保存で優れている理由が明確ではない。冷凍が出来ない魚種であればIQ/ITQで少ない漁獲高で多くの利益を上げる事ができると思われるが、そうでない魚種ではTACと変わらない可能性がある。
  2. 漁業権の配布方法について言及が無いため、既存漁業者の経済状態がどう変化するのかが分からない。IQ/ITQで配布される漁業権が稀少なものになると、既存漁業者の生活は悪化する。
  3. IQ/ITQの導入で資源量がどの程度回復するのかが分からない。現在の漁業者数の生活に必要な漁獲高が、維持可能な漁獲高よりも多い場合は、漁業者数が減る結果になる。
  4. 高齢化で漁業者が減る事は漁獲圧の削減になると考えられるが、「今60歳過ぎた人たちがあと何年漁業を続けることができるのか。(中略)どんどん資源も獲る人も減少し、結果として漁業自体が衰退」と指摘している。漁獲圧を減らしたいのか増やしたいのかが良く分からない。
  5. 漁業組合を通すと魚の卸値が安いと主張されているが、文脈からすると魚価が安いのは漁業資源管理方法によるもので、漁業組合の機能によるものではない。アラスカの蟹漁業の事例があげられているが、漁協が契約しても良かったはずだ。

漁業資源管理の徹底は理解しやすい。しかし、(1)IQ/ITQでなければいけない理由、(2)IQ/ITQの効果の程度、(3)IQ/ITQの具体的な実現方法が欠如している。さらに、(4)漁業者の数と資源量を混同しているし、(5)既存体制をとりあえず批判しているように思える。

6. IQ/ITQにある神話

色々と疑問があるのだが、全般として勝川氏の主張には、IQ/ITQにある神話を感じざるを得ない。つまり、漁師が漁獲時期をコントロールする事で魚価を引き上げる事ができ、現在の漁師全員がハッピーになれると言う幻想だ。

八木(2011)では、「ITQを導入したため生鮮で流通する余裕が生まれた」と指摘している。しかし、「米国では、ITQを導入しても、魚価単価が上昇する場合と、しない場合の両方のケースが存在」とも述べているので、IQ/ITQと魚価の関係は明確ではない。また、大魚だけ取る選択的漁業が資源保護に逆効果と言う研究もあるので、TACの方が良い面もあるかも知れない。

魚種によるであろうし、価格があがると言っても限度があるはずだ。こう書くとIQ/ITQは意味がないように思われるかも知れないが、実際はこれ以外の目的があるのであろう。

7. IQ/ITQの本当の狙いは漁業者数の削減

勝川氏自身が日本とノルウェーの漁業者あたり漁獲量を比較しているのだが、日本はノルウェーの1/5以下となっている。日本の漁業には水産資源に対して漁業者が多すぎると言う根本的な問題がある。

なるほど、IQ/ITQを導入してしまえば漁業者数を減らす事ができるので、水産資源の回復と同時に、(残る)漁業者の生活も改善できるわけだ。TACだと漁業者数を直接コントロールはできないので、零細漁業者が多くいる産業構造を変革できるとは限らない。ゆえに、IQ/ITQで無ければならない。これは漁村で反感を買う主張であろうから、言いづらい事なのは想像がつく。上述の氏の文章では、現在の漁業者に手厚い生活保証をした上で、退出を促す事も示唆していた。

IQ/ITQは水産業のためになるものの、退出者が出るので個別の漁業者のためになるとは限らない。当事者は良く分かっているので懐柔するのは不可能であろうし、農林水産省がIQ/ITQに及び腰なのも良く分かる。そして水産業に関わっていない人に回りくどい言い方をしても、IQ/ITQで何をしたいのかが不明瞭で分かりづらいし、この重要ポイントを不明瞭にしているのが得策なのかは疑問だ。

追記(2012/06/24 17:30):「何もしなければ、漁業には誰も残らない~勝川俊雄氏インタビュー回答編~」で、日本のTAC制度は全く機能していないこと、多くの実証研究でITQがTACよりもパフォーマンスが良い事、ITQだと漁業離脱者が漁業権を補償として売却できる事などが追加で説明されている。

2 コメント:

mao さんのコメント...

時折、お邪魔しては、貴記事を拝見して楽しませていただいております。
「5. 勝川准教授のIQ/ITQ導入論にある疑問」の1におけます、「IQ/ITQが、TACより漁業資源の保存で優れている理由」におきまして、理屈の上では、TACであれば漁業者が漁獲能力が過大なまま整理されませんが、IQ/ITQであれば個別漁業者の漁獲能力と個別漁獲割当量が調整されることが期待でき、よって漁業資源にインパクトを与える潜在的な大きさはTAC>IQ/ITQになろうかと思います。
そのような過大な漁獲能力が、常に、即座に、直接、漁業資源への脅威になら
毎期の期待収益率やら違法な漁獲に対する罰則(法の執行度合いも含む)やらその他諸々の要素は省いてですが、同じ条件ならば、ということです。

IQ/ITQのほうが同じ魚種であればより単価の高い形で漁獲する≒成熟した魚を漁獲対象とする(出世魚の存在から、全魚種において、とは到底言えませんが)と、より大型=重量の重い魚が漁獲対象となるので、この観点からもTAC>IQ/ITQになろうかと思います。
しかし、これは貴記事におけます「大魚だけ取る選択的漁業が資源保護に逆効果と言う研究」の内容次第(まだ読んでません)では、そうではなくなるかもしれません。注目していきたいと存じます。

さいごに、IQ/ITQ派であれ、反IQ/ITQ派であれ、日本の漁業者は多い、という認識では一致しているように思います。お金を渡して退出してもらうか、時間の流れに身を任せて(≒死んで)退出してもらうか、という違いのように感じます。

漁業にかぎらず、今後も新たな記事を楽しみにしております!

R.K. さんのコメント...

用語に誤解があるように思うのですが…。TACはIQの前提で、TACなしにIQは成立しませんよ

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