アダム=スミスの時代から保護貿易論者と自由貿易論者の戦いは続けられており、南北問題や自由貿易協定に関する議論もその延長に近いものだ。しかし、世の中はそう単純なものなのであろうか。
南北問題に話を絞ろう。国際貿易によって途上国生産物の価格が適正では無くなっていると言う批判と、自由化によって適正な価格と需給がもたらされていると言う主張がある。
需給を均衡させる価格が重要なのは間違いない。ゆえに経済学者は基本的に、競争均衡価格を信奉する。しかし、自由化によって“適正価格”が得られるとは限らないのもまた真実だ。タンザニアのコーヒー産業の自由化には、その典型的な側面がある。
1. 共同組合(MBOCU)依存の自由化前
黒崎(2010)、山本(2009)によると、タンザニアは1961年の独立後、1986年に国際機関の要求する構造調整政策を受け入れ、1993年にコーヒー市場を自由化した。
自由化前のタンザニアのコーヒー農家は、共同組合(MBOCU)に、運転資金と投入要素・生産物の流通で大きく依存していた。例えばコーヒー栽培には化学肥料などを適切に投入する必要があるが、銀行口座を所有することも一般的では無いタンザニアでは高金利な事もあり運転資金の確保が難しいが、共同組合は収穫物を担保に取る事で低い金利で運転資金を提供する事ができた。
2. 共同組合の壊滅と寡占化した多国籍企業
1993年のコーヒー市場自由化後は、共同組合を経由しない多国籍企業が直接買付が可能になった。特に多国籍企業が共同組合に対して価格競争力があったようでは無いようだが、支払いにおける前金の比率を高めるなどして、共同組合の経営を圧迫してほぼ壊滅に追いやる事に成功する。
寡占化した多国籍企業は流通経路を押さえて価格支配力を持ち(辻村(2006))、コーヒー農家の経営状態は相対的に圧迫されたと言われている。また、共同組合が担ってきた農業投入材の購入と運搬、そのための資金の運営と管理などの業務をコーヒー農家が個別に行う必要が出てきたが、小規模コーヒー農園には大きな負担になったと考えられる。
3. グローバル市場の動向把握の失敗
90年代ブラジルのコーヒー生産が霜被害で打撃を受けたときに、コーヒー豆価格は急騰し、タンザニアのコーヒー農家がブームに沸いた事がある。しかし、ベトナムのコーヒー輸出拡大などもあり、1995年をピークに2002年まで価格は下落し、ピーク時の半額以下になった(妹尾(2009))。
ブラジル農家の採算ラインが50セント/ポンド、タンザニア農家は150セント/ポンドと言われる(プロマーコンサルティング(2010))。目先の価格だけではなく、長期的な需要予測に応じて生産調整や生産性の向上に取り組むべきであったが、現在でもタンザニアには小規模農家が多いし、潅漑設備なども十分ではなく、品質面での向上も見られていない。
4. コーヒー栽培からの離脱者と、経営規模の拡大者
コーヒー価格の下落により、多くのコーヒー農家がトウモロコシなどへ転作を行う事になった。しかし、ムベヤ州のボジ県では生産量や生産規模が拡大している事が報告されている。
恐らくブームのときの放漫経営が原因で他県の協同組合の多くは解体されていたが、ボジ県の協同組合は経営を維持する事ができており、自由化以降もコーヒー農家をサポートすることができていた事、農民が自主的に流通管理を行った事でより良い価格を享受できた事が理由として考えられる。
ブラジル農家と比較すれば労働生産性は劣るであろうが、タンザニアの方が人件費が安い事もあり、適切な経営が行えていればコーヒー栽培は現金収入をもたらす魅力的な作物だ。つまり、自由貿易から利益を得る事ができる。
5.“適正価格”は勝ち取るもの
タンザニアの自由化後のコーヒー農家の淘汰は、自由貿易から利益を得られる事を示す一方で、適切な経営ができなければ、それを享受できない事を示している。
国内価格より国際価格の方が高いわけだが、黙っていて強欲な多国籍企業が農家に高い買値を提示してくれるわけではない。“適正価格”は勝ち取るもので、それを可能にする協同組合の保持や、流通網の開拓が重要だと言う事だ。適切な投資計画や、技術改良も必要となってくる。
配分効率性の問題から、競争的な市場は重要だ。しかし、競争的な市場で生き残っていく為のシステムも必要となるし、自由であっても独占力を行使する巨大な多国籍企業もいる。小規模コーヒー農園が単独で渡り合うには限度がある。つまり、何でも全面的な自由化を行えば良いと言うわけではない。
6. 保護貿易論者と自由貿易論者の大雑把な議論
欧米系の国際機関は急進的な自由化を好む傾向がある。しかし、十分に市場参加者が訓練されていれば、急進的な自由化も効果をもたらすはずだが、開発途上国では無理がある。
だからと言って、フェアトレードのような価格維持政策は配分効率性を悪化させるので、それに頼る事もできない。国際コーヒー協定(ICA)の貿易数量割当条項は、参加国の軋轢で1989年で廃止された事を思い起こすと、価格維持政策は継続可能性も疑わしいものがある。
当たり前の事ではあるが、歴史や状況に応じて規制をしたり自由化をしたりするのが重要で、個別の問題には個別の解が存在し、普遍的な解を導き出すのは不可能だ。そしてオンライン上の保護貿易論者と自由貿易論者の大雑把な議論を見ていると、その困難さから思考を放棄しているように思える事が多々ある。
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