サンクコスト(埋没コスト)は基本的な経済学の概念の一つだ。教科書的には、サンクコストがあっても経営判断は変化しない。しかし、企業のサンクコストは、経営判断に影響を与える可能性が少なく無い。
ドヤ顔で「サンクコストを守ることは非合理的だから、サンクコストは経営判断に影響しない」と主張する人は、疑った方が良い。思考を放棄している可能性がある。
1. 教科書的な世界のサンクコスト
教科書的には埋没コストは、判断に影響を与えない。むしろ判断に影響を与えない過去にかけたコストを埋没コストと定義していると考えて良い。学生時代に英会話を1万時間勉強したとして、英語が苦手のままなら、英語を使わない職業を選択する事になる。企業にとっても同様で、失敗した投資の損失は気にせず、今後の事だけを考える方が合理的だ。
2. 企業にはエージェンシー問題がある
企業と一言で言っても、そこには株主と経営者が存在する。株主は経営者に経営判断を任せているが、株主と経営者の利害関係が一致しているとは限らない。このような関係を、エージェンシー理論では、株主をクライアント、経営者をエージェントとして説明を行う。エージェンシー問題を考えると、サンクコストが経営判断に影響を与えるかも知れない。
3. サンクコストはエージェンシー問題を悪化させる
多額の投資を行った事業の将来性が無くなり、投資の転売もできず、過去の投資金額は埋没費用になったとしよう。このときに、事業を継続する、しないで以下のような状態変化がある。
- 3.1. 事業から撤退する
- 投資失敗が露呈して、経営者はすぐに解雇される。
- 損失の拡大は阻止され、企業価値の下落は最小限に留まるため、株主の損失は小さくなる。
- 3.2. 事業を継続する
- 投資失敗が露呈するまで、経営者は地位を維持して給与や役員報酬を得ることができる。
- 損失の拡大が発生し、企業価値の下落は甚大になり、株主の損失は大きくなる。
もし埋没費用が無ければ、株主と経営者の間に利害対立は無い。しかし埋没費用は、経営者の判断に影響を与え、利害対立を引き起こす。つまり、企業の埋没費用は、経営者の埋没費用では無い(=解雇されると言う機会費用がある)ので、経営判断に影響を与えてしまう。
4. オリンパス事件は“サンクコスト”からもたらされた
昨年末から話題になっているオリンパス事件では、オリンパス株主がクライアント、経営陣の菊川剛氏がエージェントになり、バブル崩壊後の巨額損失がサンクコストであった。オリンパス株主にとっては迅速に損失処理をするのが合理的であったが、菊川剛氏は(恐らく)損失が明らかになると責任を取らされるために、20年近くも損失を隠し続けていた。まさにエージェンシー問題だ。
5. 言葉の意味を理解する
「サンクコストは経営判断に影響を与えない」は教科書的には正しいが、教科書には前提条件も書いてあるはずだ。教条主義的に当てはめようとするのは、言葉の意味を理解していない事になる。
企業経営だけではなく、日本陸軍が白兵突撃戦術に固執した理由の説明などにも使う事ができる。どこかの経済評論家のように「白兵突撃戦術への投資はサンクコストだから、それにこだわるのは非合理的なバイアス」と言ってしまうのは思考の放棄であり、経済学的なアプローチで事象を説明しようと言う姿勢に欠ける。
教科書的な前提が当てはまる状況なのか、立ち戻って考察してみる事も必要であろう。
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