児童労働者を使っていないプランテーションのコーヒーを市場価格よりも高値で買う事で、児童労働を防止しようとする活動がある。フェアトレードと言うそうだ。
児童労働は開発途上国で良く見られる現象で、日本も田畑の繁忙期では小中学生も動員されて農作業を行っていた。途上国では家計内だけではなく、外部に労働に行く子供も多い。タイでムエタイを見ていると、一袋100円(現地では超高価!)でポテトチップスを売りつけに来るのは子供たちだ。
なぜ子供が働いているのかと言うと、親の稼ぎが悪く、子供も働かないと家計がやっていけないからだ。ただし親も本当は、子供は働かせず勉学に励んで欲しいと思っていると考えられる。国民所得が大きくなると児童労働は見られなくなるし、開発途上国でも富裕層の子供は労働をしない。
さてフェアトレードは、児童労働を減らす事ができるのであろうか。こういう問題を経済学らしく分析し、どのような政策が有効かを考察してみよう。
1. 児童労働がある初期状態
まず、Basu and Van (1998)の図を簡素化したものを書いてみよう。2節と3節のモデルを合成して単純化したが、ポイントは抑えているはずだ。
さて、公民等で教わる見慣れた需要供給曲線だが、労働市場の需給を表しており、労働供給曲線が風変わりな事に注意して見て欲しい。
労働市場も需要と供給が一致する点で、賃金と雇用数が決まる。プランテーションなどでは土地が一定なので、労働力が増えると一人当たりの収益は減るものだから、労働需要曲線(DD)は右肩下がりになる。ここまでは普通だ。
途上国らしい仮定が追加されており、貧困層は働かないと死ぬので、いかなる賃金でも大人は働く。労働供給曲線は基本的に垂直になる。また、児童労働無しでは家計が維持できる賃金水準より賃金(水平線s)が低い場合は児童も働くので、労働供給曲線はS1-S1とS2-S2のように分断され、均衡点が二つ出来ている。e1は児童労働無しの、e2は児童労働ありの均衡点だ。
e1とe2のどちらが安定的かは論文中で明解ではないが、慣習など何らかの事情によりe2が選択されているときが、児童労働のある経済となる。生産性が低く労働需要曲線がずっと低い状態であれば、e1が存在せずe2だけの状態になる。原始状態はe2であろうから、初期状態がe2であるのは、そう意外な状態ではない。
2. 政府規制による解決
人道的な理由で、児童労働を排除しよう。児童労働を全面規制できれば、e2を諦めて、e1が達成されるはずだ。しかし、これには二つの問題がある。
まず、実はe1が無い経済もありえて、その場合はe2を排除すると均衡点が無くなる。そこで何が発生するかと言うと、子供を食わせられないので、捨てる事になる。昔の東北地方の口減らしや娘の身売りを想像すると良いであろう。子供を捨てれば水平線sが低下するので、S1-S1とD-D線が接することになる。
次に、政府の力が十分ではなく、ある企業は取り締まれるが、別の企業は無理なケースが考えられる。この場合は、合法企業から非合法企業に児童労働が移動するだけなので、e1を達成できない。
3. 人口抑制による解決
もっと手っ取り早い政策としては、出産制限が考えられる。子供の労働力が減少すれば、S2-S2が左にシフトすると同時に、食い扶持が減るので水平線sが下方にシフトする。するとe2が消えてe1が達成されて児童労働が無くなる。Basu and Van (1998)では、この方法を推奨している。
原理的には、平和的な口減らしと言う事になる。
4. フェアトレードによる解決
フェアトレードを導入すると、生産物の単価が高くなるため、労働生産性を引き上げる事になる。すると、労働需要曲線D-Dが上方にシフトするため、児童労働のある均衡点e2が消失する。製品を高く買い上げるだけで、児童労働の禁止も無くe2が消失する。
ただし、子供を持つ親の賃金を引き上げる必要があるのであって、コーヒー農園の賃金を引き上げても、コーヒー農園労働者の子供たちが児童労働に従事していない限りは効果が無いことには留意する必要がある。また、フェアトレード品以外を購入ボイコットすると労働需要曲線が下方シフトして、児童労働が悪化するので注意が必要だ。
ここで勘のいい人は気付いたと思うが、貿易振興や技術協力で労働生産性は向上させる事ができる。
5. フェアトレードは有効か? ─ そうでもない
前節の議論から、コーヒー農園の労働者にも労働中の児童がいるかも知れないので、有効かも知れない。しかし、児童労働全体から見れば僅かな人数になるであろうから、出生制限の方が現実的であろう。また直接投資で巨大な工場などができる方が、賃金水準をずっと容易に引き上げる為、やはり児童労働も少なくなる。
結局、開発途上国の人々が何かを決断しない限りは解決しない。出生制限をしても良いし、技術援助を仰いでも良いし、直接投資がされやすいように外国人の土地所有規制を緩和したり、関税を下げても良い。当事者である開発途上国の人々が出来る事と比較すると、フェアトレードはほとんど無意味と言わざるをえない。
6. モデルにある未解決の問題
結論は出してしまっているが、分析の限界について説明しておきたい。未解決な問題を整理するのも、経済学的と言えば、経済学的だからだ。
- 6.1. 親の出産・育児に対する幾つかの仮定
- 親が子供の事を思っていないと変形した労働供給曲線にならないので、モデルとしては親子の愛情(利他的効用関数と言う)が鍵になる。Basu and Van (1998)では文字数を割いてこの点を説明していたが、本来は計量分析的、もしくは心理学的な方法で親子の愛の形状を調査する必要があるのであろう。また、子供に愛情を注ぐ親が、子供の生活を考えて出産計画を立てられないのは、完全合理的とは言えないかも知れない。
- 6.2. 現実の一部しか説明できない
- 上述の簡単なモデルが、世界の児童労働を実際に説明しているのであろうか。農家や漁師、店舗経営者の子供であれば、児童労働と言っても家業の手伝いになると考えられる。ILOの資料を見ている限りでは、工場などの児童労働は全体の1割に満たない。外部労働を前提としている上述のモデルは、児童労働全体の中でも過酷な一面を見ている事になる。ただし、もっと過酷な奴隷労働の世界ではない。
- 6.3. 教育機会の喪失が考慮されていない
- 児童労働と言えば、教育機会の喪失が最大の問題だと考えられている。上述のモデルでは、この点は一切考慮されていない。ただし、後述する発展的なモデルでは、教育機会も考察されている。
7. 発展的なモデル
Ranjan (1999)では異時点間のモデルを作成し、児童労働のために教育が受けられないのは、借入制約があるためだと議論している。Jafareya and Lahiri (2002)では、貿易の効果を見るために、もっと複雑なモデルを導入している。Basu and Zarghamee (2007)では、ボイコット運動がもたらす結果を議論している。これらのモデルは数式的に複雑だが、政策的な議論を深める役に立つ。なお、これらの児童労働の理論論文はゲーム理論も変分法も使わないので、数学的には平易で追いかけやすい。
8. 手続きをとった考察
学術レベルでは数学的に厚生比較をしたりするが、経済主体のインセンティブや生産技術等を整理して、数学的なモデルを作り、均衡状態の変化を比較するのが経済学的な考察になる。今回はグラフを用いて説明をしたが、グラフの線は数学的に導出されているので、基本的に同じ事だ(詳しくは原論文を参照されたい)。親子の愛を導入できるなど、インセンティブはかなり自由で、金銭勘定だけしている人を想定しているわけではない。
他の学問分野でも大差は無いと思うが、何はともあれ手続きをとった考察が重要で、むしろ主張よりも手続きが重視される。手続きと言う武装が重視されると言っても良いかも知れない。経済評論家が裸でブログやテレビで肉弾戦を繰り広げているわけだが、あれらは実際の経済学とは異なるモノ。本当に何か社会問題を考察したくなったら、ぜひとも武装を強化してから切り込む事をお勧めしたい。
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