2020年3月21日土曜日

ラディカル・フェミニストが「AIさくらさん」を非難する理由

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世間では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への不安の声が大きいが、ネットの片隅では、架空の女性キャラクターの表現物について、女性フェミニストと表現の自由戦士が言い争いを続けている。今の御題は駅案内サイネージに使われている「AIさくらさん」。セクハラ質問もさらりとかわす*1器用な応答ができる接客・窓口システムだ。

1. 伝わらないラジフェミの思い

ラディカル・フェミニストの皆様は、この「AIさくらさん」が気に入らないのだが、表現の自由戦士の皆様は何が問題かも分からない。女性にセクハラ質問するおっさんがいたとして、女性がセクハラ行為を行ったと非難されるのは道理にあわない。女性を架空の女性キャラクターに置き換えても同様だ。ゆえにラディカル・フェミニズムに基づく非直観的な説明が要るのだが、ラジフェミの皆様、自分の気持ちを上手く伝えられないようだ。

2. 日本流の性的魅力、可愛いさが気に入らない

「思いやりの原理」を働かせてみよう*2。美少女の萌えキャラであることが不快である。髪を触るような萌え仕草が不快である。セクハラ質問にも腹を立てないで上手にいなすことが不快である。出ている批判を要約するとこんなところだ。まとめると、美貌や仕草で上手に男を惹きつけつつ上手に男をあしらう女性の姿がそこにある事が不快なのだ。つまり、日本流に性的魅力、可愛いさを強調された女性キャラクターが不快だとラディカル・フェミニストは言っている。

3. 表現物の可愛さが女性に与える悪影響

なぜ不快なのか? — 進化心理学的に女性の競争心などで説明もできなくもないが*3、性的魅力がある女性が模倣すべき理想とされることを、ラディカル・フェミニストがずっと嫌ってきたことに注意したい*4。曰く、男に媚びる生き方をする自己モノ化した女性像が理想とされると、少なくない女性の自尊心が喪失し、女性の自己モノ化を促進することになり、様々な悪影響がもたらされる*5。被写体が鑑賞者に性的モノ化されることでも、鑑賞した男性が女性一般を性的モノ化することでもなく*6、鑑賞した女性が自分自身を性的モノ化するのが問題となる*7。つまり、影響された女の子が、真似して男に媚びだすことを危惧している。

本当に女性の自己モノ化が起こされないとしても、ラディカル・フェミニストが感じる不快感は変わらない。「女の子は大学に行かなくても」「早く結婚して子供を作りなさい」といった親や親類の何気ない一言を、何十年間と恨み続けているフェミニストの女性は少なくない*8。自分たちの生き方を賞賛・肯定して欲しいと言う欲求が強いが故に、周囲が女性に何を求めているものに関して神経質な一方で、間接的にであっても生き方を指図される(と感じる)のは我慢ならないのだ。自意識過剰なだけだが、萌え絵という女性表現に、自分たちが嫌う理想を押し付けてくる不快さを感じている

4. “お気持ち”も道徳的に考慮すべき事柄

不快感をお気持ちと言って馬鹿にすることなかれ。19世紀の古いリベラリズムに親しんでいる表現の自由戦士は、《自己に関係する振る舞いには、決して介入を許してはならない》と考えて、ラジフェミのお気持ちでは規制に足らないと思うであろう。しかし、20世紀のソーシャル・リベラリズムでは、《自己に関係する振る舞い》を狭くとるか、そんな他者の干渉を許さない領域などないと考える*9。現代では職場にヌード・ポスターを貼ることは環境型セクシャル・ハラスメントとして禁じられ、それに疑問を抱く人は少ないが、その問題は結局、不快感と言うお気持ちが根拠である。

5. まとめ

賛否を言えばラジフェミを否定せざるをえない。ポルノなどの表現物が女性の自己モノ化をもたらしていると言う因果関係を立証する研究はない。女性一般がセクハラ質問をするわけでは無いであろうから、セクハラ質問への応答が女性一般に影響を与える可能性も無い。“お気持ち”も道徳的に考慮すべきではあるが、ラジフェミの皆様だけが女性ではないし、ラジフェミの皆様も見慣れれば気にならなくなる可能性もあるので、商業活動を阻害すべきほどの問題とは言えない。しかし、ラディカル・フェミニストが何をどういう視点で問題にしてきたかは認識する必要があるし、女性の不快感という“お気持ち”は、道徳的判断において重要な要素の一つである。表現の自由戦士の皆様にも、この辺は理解してから言い争いに精進して欲しい。

*1アップデートされて反応が変化したと言う話もあるが、セクハラ質問をした猛者がとったキャプチャー画像がある。

*2関連記事:きちんとした批判をするための『哲学思考トレーニング』

*3関連記事:なぜ女は昇進を拒むのか — 進化心理学が解く性差のパラドクス

*4アメリカでも色々とやって煙たがられているようだ:Moral panic? No. We are resisting the pornification of women | Gail Dines and Julia Long | Opinion | The Guardian.『女のからだ』のはじめにのフェミニズム略史で、1960年代後半には同様の行為を行っていたのが分かる。

*5痩せすぎや過食症などを引き起こしたり、学業不振に陥ったり、自暴自棄になって身を持ち崩すような話である。詳しい説明は、以前のエントリーを参照されたい:エロ可愛い格好は女性に有害

*6関連記事:過去のフェミニズムの議論からは、性的モノ化された萌え絵が有害の可能性は低い

*7ツイフェミ側がこのラジフェミ理由を十分に整理して理解しているかは分からない。社会学者の千田有紀氏が「メディアにおける女性の役割が、女子に既存の性的役割分担を認識させ、その進路に影響する」ので、女の子キャラのキズナアイが「聞き手」を担当したことを非難していたが、ラジフェミ的には可愛くふるまって男に媚びる振る舞いが問題なのであり、説明が微妙にずれている(関連記事:炎上しているのはキズナアイでは無くフェミニスト主張の根拠の無さ)。同じ問題に関する太田啓子弁護士の「女性の体はしばしばこの社会では性的に強調した描写されアイキャッチの具にされる」と言う非難は、それがどのような問題を引き起こすのか説明していないので、男性が平均的な女性よりも可愛いいと感じれば、過剰に「性的に強調」になることが分からない(関連記事:バーチャルYouTuberキズナアイは煽情的で、公共に相応しくない造形なのか?)。

*8社会学者の小宮友根氏が「累積的な抑圧経験」と呼んでいるものになる(関連記事:ジェンダー社会学者によって「お気持ちフェミニスト」が適切な表現であることを示される)。ファンタジー世界のビキニ・アーマーを見て、親類のおばさんの無神経な言葉を思い出すのは、連想し過ぎ感はあるが。

*9関連記事:あるべき統治を考える『はじめての政治哲学』

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