プロレスだったはずなのに*1、なぜか相互に人身攻撃をしている気がするネット論客の青識亜論氏と元グラビアアイドル/現ライターの石川優実氏の言い争いなのだが、青識亜論氏が「おおもとの発端はこれでした」と、石川優実氏のブログのエントリーを批判している昨年の自身のブログのエントリーを参照していたので拝読してみた。石川氏の作文も不明瞭でよくないのだが、青識亜論氏は石川氏のエントリーにある重要な情報を読み飛ばすことで、石川氏の主張にある論理の飛躍を大きくしてしまっている。
1. 石川優実氏の主張
御題は少年誌の表紙の水着グラビアの是非なのだが、過剰に「思いやりの原理」を働かせて読解すると、石川優実氏は次のような考察をしている:男性は生得的にはセクシャルハラスメントを行わないが、グラビアアイドルにはセクハラをしてもよいと言う認識が生まれるので、グラビアに出るとセクハラ被害が多くなる(グラドルの性的モノ化*2)。グラドル以外の女性もセクハラをされるのは、グラビア(やアダルトビデオ)等には女性一般を性的モノ化させる効果があるため。啓発でグラビア等で男性に誤った認識が生まれないようにできれば、セクハラは抑制できる。少年誌からのグラビア排除は絶対に必要とは言えない。
明確に書かれていないと言うか、グラドルもそれ以外の女性も同じようにセクハラ被害にあっているように書いてあるので、国語の問題としてはなかなか読み取れない。しかし、シャーロック・ホームズのように推理力を働かせると、石川優実氏へのセクハラを「私への職業差別」と批判しているし、「(グラビアアイドルへの)差別的な発言をやめてください・・・グラドルが見下されることもなく、嫌な思いをせずに仕事ができて、女性も嫌な思いをする人がいなくなる」と言う一節があるので、グラドルへのセクハラが、女性一般へのセクハラに繋がっていることが主張されていることが分かる。
2. 青識亜論氏の読解と批判の問題点
青識亜論氏の読解では、(1)グラビア写真は「女性を性的に楽しんでもいいよコンテンツ」である → (2)そのコンテンツはコンビニのような公の場所で売られている → (3)どこでも女性を性的に楽しんでいいというメッセージになっている → (4)ゆえに、セクハラを肯定している となっているのだが、(2)と(3)の間に、(2.5)どこでもグラドルを性的に楽しんでいいというメッセージになっている と言うのが入るべきであった。「水着になってるんだから仕方ない」と言う理由でグラドルへのセクハラを肯定する男性は実在するそうなので、女性一般にではなくグラドルへのセクハラ行為を促進する作用があるのは否定し難い。他にも似たような証言はあるし*3、ポルノの弊害で被写体の女性のモノ化は指摘されている。
グラドルの性的モノ化は実際に発生している事象なので、青識亜論氏の「グラビア写真のどこをどう見れば、本人の意に反する性的関係性(セクハラ)の肯定になっているのだろうか?・・・少年誌のグラビア表紙は、明らかに、合意を軽んじてもよいとか、権力にものをいわせて女性に性的な関係性を強要してよいなどというメッセージを含んではいない」という批判は、石川優実氏から見ると机上の空論でしかない。「「セクハラを肯定するメッセージを持っているはずだ」というグラビア攻撃者の主張に正当性を見出す理由はなんであろうか」と言う問いには、実際にグラドルは性的モノ化されていると言う解が用意されている。なお、「女性に限らず、人間が人間を性的に楽しむことそれ自体は悪でも不正義でもない」と言うのは、カントさんから抗議が出る*4。
3. 建設的な議論に必要だったこと
もちろん、小さくはなったが石川優実氏の議論に論理の飛躍はある。グラビア写真にグラドルを性的モノ化する作用があったとしても、女性一般を性的モノ化する作用があるとは限らない。ポルノですら、ランダム化比較実験を用いた心理学の研究では、性暴力を増長させる明確な効果は確認されていないようだ*5。イギリスは先進国の中でもポルノ規制が厳しい社会なのだが、欧州でも性暴力の認知件数が頭抜けて多く、暗数推定値で補正しても日本の数倍は性的暴行事件の多い。控えめに言っても、コンビニに溢れていた少年誌のグラビアが、男性がセクハラを行う理由の主要な原因とは言い難い。そもそも男性がセクハラをするのは、セクハラをする方が不道徳でも得になってきた生き物である可能性もある*6。青識亜論氏は、石川優実氏の議論に論理に飛躍があるとだけ宣言するのではなく、このような社会学や心理学などの研究紹介を一つ一つやっていけば、もう少し建設的な議論になったのでは無いであろうか。
*1#kutoo 石川優実氏、これフェミの発端のやりとりはプロレスであったと認める - Togetter
*2Sexual Objectificationの訳で、性欲を満たすためにモノのように粗雑に扱い人格として接しない対象と見なすことを言う。性的対象化・性的客体化・性的物象化など様々な訳があてられるが、交換可能な消耗品のように見なすところがポイントである。詳しい議論は江口 (2006)を参照。
*3「AV女優なので、セクハラもクソもあるもんかという態度で接してこられることは決して少なくはなく」と言う証言がある。
*4カント先生とセックス (4) 恋人関係でもセックスしてはいけません — 江口某の不如意研究室
*5関連記事:渡辺真由子のマンガ・アニメ・ゲーム内の性的描写規制論を振り返る
*6問題になっているデートレイプの遠因なのだが、強引な方が求愛行動に成功すると言われる。「私のことなんて御構い無しに性的欲求をぶつけられる」とあるので、石川優実氏の念頭にあるのもそういうタイプのセクハラであろう。
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