2020年3月19日木曜日

あるべき統治を考える『はじめての政治哲学』

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民主国家の一般市民は、統治形態が民主制度であるべき理由をどこまで説明できるであろうか。民主制度を肯定できたとして、なぜ複数の民主国家が統合されずに共存しているのか、その理由を説明できるであろうか。昨年、文庫化されたデイヴィッド・ミラー『はじめての政治哲学』は、こういう現代の民主国家の政治制度を肯定的に説明してくれる本だ。網羅的に政治哲学者を紹介していくような教科書ではなく、読み物になっている。

哲学といっても用語定義が洗練された政治の説明であって、認識論や存在論のようなどう接すればいいのか分からない変態的な議論が展開されるわけではない。最初になぜ政治哲学が必要なのかと言う問いを立ててから、政治的権威、デモクラシーと言う古典的なトピックを説明し、自由と統治の限界、正義と言う近代的なトピックを説明し、フェミニズムと多文化主義、ネイション・国家・グローバルな正義と言う現代的なトピックを説明してくれる。問いの答えは、適切な政治的な選択をするためと言うごく当然のものなのだが、ぐるっと主要なトピックに触れることができる。新入生に勧めたい政治学の本でランキングをつくったら、上位に食い込むのでは無いであろうか。訳者が政治哲学の歴史と著者の研究方法について手短な解説をつけていて、哲学の中でどういう位置づけになるか分かるようになっている。

時代や宗教的信念や文化的差異で人々の権利の範囲を定めることを是認していたりするので、体制のワンコ感がちょっとあるが、概ね現代のソーシャル・リベラリズムの立場を正当化していると思うので、米国流リベラルを無根拠に自認している人や、最近のリベラルは保守化して困ると思っているネット界隈の論客には是非読んで欲しい内容となっている。社会選択論など隣接分野を勉強している学部生が、手っ取り早く周辺を抑えるのにも向いている。政治的権威なしで上手くいくメカニズムをデザインしたり、選挙制度についてあれこれ考えるのが好きな人には、もうちょっと細部にこだわって欲しいと思うかも知れないが、良識的に俯瞰するとこういう議論になることは知っておくべきであろう。誰に勧めるべきなのかちょっと迷った本だったりするのだが、不勉強もしくは細かい議論の勉強に熱心な非常識な人に向いている。

イタリア・シエナ市庁舎内にあるアンブロージョ・ロレンツェッティの壁画『善き政治と悪しき政治の寓意』へのこだわりがやや謎。ロレンツェッティの時代には問題にならなかった話も展開されていて、トピックとの対応関係は実は無い。そして、この壁画の写真なども挟まれていないので検索して探さねばならなかった。解説動画があったから良いのだが。

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