2020年3月4日水曜日

なぜ女は昇進を拒むのか — 進化心理学が解く性差のパラドクス

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所得などに関するジェンダーギャップに関して、ネット界隈のジェンダー社会学者の主張に困惑することは多い。彼らは、男女で能力や選好に違いがない事を前提に、ジェンダーギャップの原因のすべてを男女差別が起因だと主張しだしたり、男女の選好の違いは、メディアや教育などによってつくられた性別認識、つまり社会構築物に過ぎないから変えられると主張する。しかし、雇用機会均等法が導入・拡充されて久しく女子教育の高度化も長い間されてきたが、男女の振る舞いには依然として大きな違いがある。これは日本だけではなく、北欧も含む欧米でも変わらない。

彼らも拒絶できないような議論で、うまく男女で能力差や選好の差がある事をうまく説明できないものかと2011年秋頃からずっと思っていたのだが、それより以前にこのニーズに応えてくれる良い本が出ていた。ズーザン・ピンカー『なぜ女は昇進を拒むのか — 進化心理学が解く性差のパラドクス』は、心理学、脳科学、経済学などの研究を参照しつつ、社会的影響を排除しても残る男女の能力や選好の違いを丁寧に説明していってくれる本だ。進化生物学による説明はあるが、本論ではない。上述の無理があり過ぎるジェンダー社会学者の主張、バニラ・ジェンダー仮説は、米国のフェミニスト等でも同様に見られるもののようで、期待通りに丁寧に否定してくれる。

本文が390ページ以上もあって情報量が多いのだが、紹介される事例は概ね興味深いし、実験や統計解析を用いたフォーマルな研究の紹介だけではなく、インタビューして集めた体験談なども入っているので、伝統的な人文系の人でも読みやすい内容となっていると思う。平均的には女性が上回っても、男性は優劣が両極端に触れるので、競争的な環境では男性が支配的になりうること、女性は仕事自体への興味や生活の充実さといった内発的な動機を、男性は給与や社会的地位といった外発的な動機を重視すること、女性は共感性に優れるのでそれを活かせる仕事や行為を好む傾向があり、またそれに比較優位があること、女性は競争や交渉を回避する一方、男性はそれらが目的にもなることが示される。また、アスペルガー症候群や自閉症には男性が圧倒的に多く、さらに男性の方が症状が惨くなることが、臨床心理士の経験からか、男は欠陥動物に感じてくるぐらい強調される。こういう男女の違いは、振る舞う時点や発達時のオキシトシンやテストステロンといったホルモン分泌の違いが大きく影響しており、先天的、生物学的に決まる性差は小さくない。

本書では、男女で生得的に能力や選好に違いがあると言って、男女に優劣があるかのような議論をしているわけではないし、フェミニズムによって男女機会均等が実現された意義を否定しているわけではなく、性差別を肯定するものではないとは警句しているが、生得的な男女の差異を認めることを主張している。無理に女子に理工系などの男性型ハードワークなキャリアを歩ませるようなことは彼女らの利益に適わないこと、女性が好むキャリアにおける待遇改善を模索する方が女性の利益に適うこと、読み書き能力や対人関係、自己コントロールなどに見られる男子の弱さを認めフォローアップする必要があることを強調している。13年前の意見だが、現在の日本にも当てはまりそうな話である。なお、テニュアトラック教員をどうも教授と書いてある、「サンプル数」(p.89,p.167)などと誤った日本語が使われており、全体としては自然なのだが、翻訳の細部は気になった。

原著は13年前の本なので現在の研究でも支持されているのか気になるところだが、最近の大規模なクロスカントリーの調査では、男女平等度が高まるほど男性と女性の人生における目標の差が大きくなることが示されていたりする*1一方、本書に書かれている話と矛盾するような事例は寡聞にして聞かない。男性でも優秀な人々と同様のキャリアを積んでいた女性が、ある時本当の選好に気づいてライフワーク・バランスを重視するように転向することや、育児を他人任せにすることをよしとしていないことなども事例をもって指摘されているが、これも最近の研究の話と合致する*2。ところで社会学者キャサリン・ハキムの選好理論が紹介されていたのだが、ネット界隈のジェンダー社会学者の皆様が、まるでそれが無いかのように振舞っているのが気になった。

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