ネット界隈でフェミニストがメディアの女性表現を非難するのはよく見かける光景だが、主張が十分に整理されておらず、性的モノ化などの実は無関係そうな概念*1をよく理解せずに持ち出し議論を混乱させるので、ずっとマンガやアニメの愛好家を困惑させ続けている。フェミニストは気に入らない女性表現に難癖をつけているだけだと言うお気持ち説にたどり着かざるを得ないのだが、そのお気持ちの根源を探り根拠をつける事が不可能と言うわけでもない。
1. エロ可愛い格好は女性に有害説
アメリカ心理学会の古いレポート*2にヒントがある。内容は羅列気味なのだがまとめると、性的魅力を強調した女性表現*3や、性的モノ化された女性を被写体とした表現は、周囲の大人などの影響もあって、若い女性に美しさを追求することが模倣すべき理想像だと思わせ、自尊心を喪失させ、精神的・肉体的健康を悪化さし*4、男性の女性の美に対する要求水準を引き上げることもあって、若い女性の自己モノ化を促進することになり、それが認知能力を阻害し、進路にも悪影響を与え、コンドームの利用など健全な性行動を阻害する*5そうだ。つまり、それを見た若い女性が自身を性的モノ化してしまい、道を誤るのが問題と言うことになる*6。女は容姿と愛嬌と理解して、生き方が雑になる説。
参照している研究の多くは相関を見ているだけで因果を見ておらず*7、学業不熱心な恋愛脳の少女がエロ可愛い格好が好きなだけな気がする*8上に、心理学再現性クライシスもあるので信憑性は低いが、エロ可愛い格好は女性に有害と言う古い説があるのは確かだ*9。リベラル・フェミニストであればエロ可愛い格好に文句をつけるのはスラットシェイミングでしか無く、レポートでは表現規制ではなくメディアにおける女性を理想としないように教育することなどが提案されているが、本当にエロ可愛い格好が女性の自信を喪失させて精神的・肉体的・社会的な悪影響をもたらすのであれば、ラディカル・フェミニストが規制を主張しても不自然ではない。フェミニズムにとって女性の地位向上も重要なトピックだ。
2. 女性フェミニストの個人的体験と整合
こうなると悪影響の有無が焦点になるわけだが、一部のフェミニストはこのエロ可愛い格好は女性に有害説を、自身の経験から自明と考えていることに注意したい。「女の子は大学に行かなくても」「早く結婚して子供を作りなさい」といった親や親類の何気ない一言を、何十年間と恨み続けているフェミニストの女性は少なくない。自分たちの生き方を賞賛・肯定して欲しいと言う欲求が強いが故に、周囲が女性に何を求めているものに関して神経質な一方で、間接的にであっても生き方を指図される(と感じる)のは我慢ならない。自意識過剰なだけだが、萌え絵という女性表現に、自分たちが嫌う理想を押し付けてくる不快さを感じることになる*10。有害論では男に媚びる態度が有害で、本当に卑猥な格好であるかは問題ではなく、描写の細部は重要ではない*11。同じ絵柄でも描かれたキャラクターに人間味を感じるようになれば無問題になる*12ことからも、あるべき女性像の押し付けと感じられるか否かが問題なことが分かる。
3. 保守的フェミニズムがダメとも言えない
エロ可愛い格好は女性に有害説の根拠が、個々のフェミニストの個人的不快体験に留まる限りは説得力は無いのだが、女性はエロ可愛いくあるべきと言う規範が一般女性に影響することが確認されれば、ネット界隈のラディカル・フェミニストの主張にも配慮せざるをえない。女性の服装に関してのみだが、保守派と方法論が一致した保守的フェミニズムが主流になる可能性はある。歴史的には意外な方向性とも言えるが、フェミニズムを女性の権利拡大・地位向上運動と捉えれば、そうおかしい話でも無い。男性にとっても有益になる。富野由悠季監督や庵野秀明監督の作品に出てくるメンヘラ系女性ヒロインを模範とされてもかなわない(´・ω・`)ショボーン
追記(2024/06/10 09:12):江口(2023)「性的モノ化と少女のセクシュアル化 : 「萌え絵」騒動を考えるための予備作業」がこの話題を紹介している。
*1性欲に突き動かされ人格をモノのように粗雑に扱うことを性的客体化/モノ化といい、性的暴行からセクハラ、性的魅力で序列をつける行為、性的部位だけに注目する行為など広く含まれる。厳密には恋人との性行為も性的モノ化と考えられる。よって、被写体が了解している場合、すべてのモノ化が道徳的に重大な問題かは分からない。また、モノ化とは人格をモノ扱いすることなので、架空の女性キャラクターのように人格では無いものはモノ化されない(関連記事:過去のフェミニズムの議論からは、性的モノ化された萌え絵が有害の可能性は低い)。
*2Report of the APA Task Force on the Sexualization of Girls
*3レポートでの表現はちょっと変えたportraying women in a sexual mannerを意訳した。sexual objectification(性的モノ化/性的客体化)とは別な意味なことに注意したい。最近はpornification/sexualizationと言う模様。
*4痩せすぎや過食症、鬱が挙げられている。
*5自己評価が下がって自暴自棄になり、性的パートナーとの交渉力が落ちるのだと思われる。
*6ポルノなどが男性の女性への態度に悪影響を与えることが主張されることが多いが、女性の考え方や振る舞いに悪影響を与えることになっているのに注意されたい。なお、男性が女性一般を性的モノ化しだすような効果は実証されていない。
*7ただし心理学のランダム化比較実験はあって、これは因果をみている。以下の記述はそこそこ興味深い。
Jhonson, Adams, Ashburn, and Reed (1995) reported that Black adolescent girls exposed to sexualized rap videos expressed greater acceptance of teen dating violence than those not exposed.(拙訳:Jhonson, Adams, Ashburn, and Reed (1995)は、性化されたラップビデオを見せられた思春期の黒人の少女たちは、見せられていない少女たちよりも、デート中の暴力への受容度が高くなることを報告している。)
ただし参照されている論文を見てみると、サンプルサイズが男女暴露対象あわせて30と小さく、火遊びが好きな女の子に関するラップで、「恋人ではない旧知の男性とハグして唇にキスをした女性を、女性の恋人の男性は突き飛ばしてもよいか?」と言うような質問ひとつがされている。浮気した女性の人格に懐疑的になったのであって、回答者自身への暴力を容認するするようになったと解釈するのは不自然に思える。
*8メディアにおけるジェンダー表現は人々の性別認識から自然に見えるように作られるというアーヴィング・ゴッフマンの話を思い出したのだが、日常的にエロ可愛い格好を見ることは少ない。
*9その後の研究においても、主張は概ね支持されているようだ(Lamb and Koven (2019))。
*10関連記事:オタクの皆さんにも、公共空間はどうあるべきかを考えて欲しい
*11フェミニストに卑猥だと非難された絵の多くは、さほど露出度が高いわけでも、ボディ・ラインが見えるわけでも無い。可愛く見えるように描かれていることだけが共通項である。
*12「宇崎ちゃんは遊びたい」×献血コラボキャンペーンの第2弾が問題とされなかったのは、マンガになってストーリーが提供されて、架空のキャラクターが性的魅力を売りにするだけの存在ではない事に気づいて、不愉快に感じられなくなったためだと思われる。
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