2018年10月19日金曜日

きちんとした批判をするための『哲学思考トレーニング』

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ネット界隈で調子にのって誰か/何かを非難したら、炎上案件になってしまうことは多い。褒める事をよしとし、貶す事を避けるべき*1なのだが、それでも何か言いたいときはあるものだ。炎上リスクとネガティブ自己表現のトレードオフとも言えるが、批判の仕方が分かっていれば炎上リスクをかなり抑制できる。伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』を読んで、きちんとした批判の仕方を学習しておこう。

本書はクリティカルシンキングと分析哲学の方法の入門書として(想像するに)学部生向けにかかれた本だ。哲学の本のように思えるし、実際に哲学のテーマを扱う本なのだが、既にある程度は方法論として確立した(と思われる)ことが書いてあるし、そう難しい文体でもない。哲学者の名前は出てくるがスパイスで、主な具材は懐疑主義、それをやわらかく煮ることに手間暇がかけられている。

日常会話から導入していき、科学というか反証可能性の話を通ったあとに、懐疑主義の問題点が説明される。これを突き詰めると、みんな大好き「水槽の脳」問題に突き当たって何も論証できなくなってしまう。ゆえに懐疑主義を応用するときにはほどほど感が重要で、著者はほどほどの懐疑主義として文脈主義を推している。あなたは所謂ヒトではなく、他の生物の「水槽の脳」である可能性はあるが、認識したり感じたりするモノは変わらないわけで、その是非に重要性は無いからヒトであることに疑いは持たなくてよい。結婚相手など人生におおきな影響がある場合は、相手を強く懐疑的に…結婚できない気がして来た。ええっと、文脈主義の後は、価値観の相違や不確実な状況、立場の違いをどう乗り越えるかについて、説明される。最後にクリティカルシンキングの倫理性で、濫用しない方がよいケースについて注意喚起される。良心的である。

思いやりの原理など、知っておくべき事、心がけるべき事は多く説明されている。ネット界隈では瑣末的なミスの非難に終始するケース*2が多いのだが、さすがに建設的とは言えない。思いやりの原理にしたがって相手の論をよく整理してあげてから、致命的な点を探して批判すべきだ。誤謬推理*3の説明は所々にあるが重点が置かれているわけではなく、ピュロン、ヒューム、デカルトあたりの言っていることを真に受けると人生に深刻なダメージを受けることが理解できる。実践したのは伝説上のピュロンさんだけだそうだが。なぜか巻末の追記が充実しており、切り口を変えてトピックを横断してみる『「結局、何がどうだったの?」という人のためのガイド』と、クリティカルシンキング道をマスターしたい人が次に読むべき教材についての紹介がある「これからのための文献案内」が、参考文献と後書きの他にある。何度か別角度で本書を読んでから、もっと鍛錬を積めということのようだ。

分野ごとの具体的な分析方法を深めないとやはり批判はできないので、理工系や社会科学系の人々がクリティカルシンキングにどれぐらい時間を配分すべきか定かではないが*4、人文系で哲学を学ぶ人にはポストモダンなどにかぶれる前に訓練して欲しいと思う。おっと、本書では訓練していることになっていた。

*1関連記事:ネットで心が折れないための10の作文技法

*2例えば「だいたい」と言うべきところを「すべて」と勢い余って言ってしまったが、その後の議論は「すべて」と言う条件は使っていない場合があげられる。

*3関連記事:ネット論客が用いがちな19の詭弁

*4理論モデルを検証するために計量分析のために統計学を学び、統計学を理解するために数学を学び…とやっていく必要があるが、時間がかかる。

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