2018年10月31日水曜日

プログラマも、そうでない人も、手にとってみて欲しい「白と黒のとびら」

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ここ十年間ぐらいで数学ラノベ的な本は何十冊も出ているのだが、小説としてのクオリティを持ちつつストーリーの鍵に数学を取り込めたものは殆ど無い。登場人物間の会話のコンテクストとしてのみ数学が使われているライトノベル、説明される数学の内容と乖離したストーリーが他作品の雑な模倣に思える人物設定で展開される学習ガイドと、人気作品でも求める水準とは言えない。

無理な要求なのかなと諦めていたのだが、読む本を間違っていただけだった。「白と黒のとびら: オートマトンと形式言語をめぐる冒険」は、私が求める水準を超えているファンタジー小説で、至高の存在と言ってよい。上手く称える言葉が見つからないが、ともかく手にとって読んで欲しい。

オートマトンや形式言語については何も知らないし、特に興味が無い? — 数学ラノベではあるが、読者にほとんど事前知識は要求しない。ファンタジー小説として成立しているし、ぼんくら風味の主人公よりも一足先に作品世界の謎を理解しようとする気持ちがあれば、オートマトンや形式言語に関する部分も理解していけるように構成されている。最後の付録部分の解説を読まないと、それらがモチーフであることにも気づかないかも知れない。なお、オレ様がこの腑抜け主人公に遅れを取るはずがないと頑張って読んでいたのだが、途中から成長されて置いていかれた(´・ω・`)ショボーン

素材となる数学がファンタジー世界に取り込みやすい性質があることは否めないが、それでも著者の川添愛氏の力量を感じざるを得ない。僅かな人物描写とともに始まり、冒険を重ねることに明らかになる登場人物の思惑や世界観、先生の掌の上で失敗を繰り返していた主人公が、気づくと成長して先生の思惑を超えて見せる成長、中盤での悪党との対決や後半の山場と、普通のファンタジー小説としてみても遜色の無い出来栄えだ。もちろんオートマトンや形式言語の説明は教科書までは詳しくないし、ありがちな陰謀や愛欲がばっさり切られた小説なのは確かだが、雑味があれば良いと言うものではない。

創作物には趣味に合う合わないがあるので、すべての人にとって最高の一冊になるかは分からないけれども、何か面白いファンタジー小説がないか聞かれることがあったら、今後はこの本を薦めたい。オートマトンや形式言語と言う素材からすると、プログラマか情報工学を学ぶ前の学生向けだと思うが、そうでない人も楽しめるのではないかと思う。

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