鄭大均氏の「在日・強制連行の神話」を批判した、東京大学の外村大氏の「朝鮮人強制連行―研究の意義と記憶の意味―」を紹介されたのだが、文が長く論点が明確では無い議論になっている。そもそも、鄭氏の主張を議論できていない。
鄭氏の主張は、(a)ほとんどの在日韓国・朝鮮人のルーツが強制連行では無い(第2章、第3章)が、(b)在日韓国・朝鮮人は強制連行のために日本に移住したする論者や文章が多く見られ(第1章)、(c)それは在日一・五世と二世の言論によって発生した誤解によるものだ言うものだ(第4章)。(d)その他の事情を省みずに、被害者性を売り物にしていると批判している(第5章)。
外村氏は1959年の時点で日本に残る在日朝鮮人、総計61万人のうちに、戦時中に徴用労務者としてきた者は245人にすぎないことを認め、鄭氏の主張の(a)に同意している*1。また、(b)については全く触れていない。(c)に関して朴慶植氏の著作の意義を紹介しているが、朴氏が不正確な著作を世に出した理由については言及していない。(d)に関しては神話であると批判している*2が、朴慶植氏、梁石日氏、姜尚中氏、辛淑玉氏の四名が上げられており、外村氏の主張は成立していない。さらに、朴氏の日本語に不自由していると言う主張を、鄭氏は虚偽であり被害者性を売り物にする態度と批判している(P.148~)のだが、外村氏は「朴自身は朝鮮語より日本語のほうが流暢であった」と、それをサポートしてしまっている。
控えめに言って、反論として全く成立していない。見出しを見ても、鄭氏のシンプルな問題意識に答えたものになっていない。長々と書いているが、外村大氏が主張したい別のトピックを議論しているに過ぎない。植民地支配責任は、鄭氏の主張と関係ない。外村氏は冒頭で鄭氏の主張をまとめているのだが、長文を書いているうちに論点を忘れてしまったのであろうか?
最後に、『82頁で出てくる白川大将へのテロ事件は「日本人街」ではなく「虹口公園」で発生している。』と※1で外村氏は主張するが、「虹口(ホンキュー)とは、黄浦江沿いにある上海大厦(旧ブロードウェイマンション)のあたりから北四川路沿いに北に上って魯迅公園(旧虹口公園)の辺りまでの一帯を指していて、一時は10万人を超える日本人が住んでいたエリア」なので、虹口公園は日本人街に含まれると考えても良いであろう。細部においても論考が甘い。
*1「■植民地支配責任を曖昧化した日本政府」で、次のように鄭氏の主張(a)を認めている。「相対的には数が少ない」と言っているので、245人を61万人で割ると、0.04%にしかならない事が分かっていない気がするが。
一、 終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配給、個別引揚げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で350人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち75%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は245人にすぎず、現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意思によって在留した者である。以上のような日本政府の説明は、さすがに事実をねつ造して述べたものではない。戦後、日本に継続して居住した朝鮮人のなかで、戦時期の労務動員政策が直接の渡日の契機となっていた者やその子孫は相対的には数が少ないことは確かである。そして、自己の意思によって渡日を選択し継続して日本に住み続けた朝鮮人が存在することも間違いではない。
なお、以下のように外村氏は間接的なケースでは影響があると主張しているが、鄭氏が批判するように「強制」なのかが明確ではない。なので、鄭氏の主張(a)を崩すことができない。
例えば、戦時期の労務動員政策とは直接関係のない朝鮮人の渡日においても、朝鮮が植民地に置かれていたことの影響があったことは触れられていない。「自ら進んで内地に職を求めてきた」者においても、植民地政策の影響による経済的苦境が背景となっているケースがあったり、日本人の詐欺的な募集活動が行われていたことなどは述べられていないのである。
はたまた「植民地政策の影響」を主張しているが、近年の車明洙嶺南大教授の研究では、日本統治下の朝鮮半島は年率約4%で実質成長しており、さらに人口増加が栄養状態の改善を表しているので、植民地支配が理由の経済的苦境があったと言う主張は無理があるように思える。また、第3章で鄭氏がピックアップしたインタビューからは「日本人の詐欺的な募集活動」は無く、村役場(「面」と呼ばれる)が募集業務を行っている事が理解できると思うのだが。
*2『「在日朝鮮人は強制連行を強調し被害者性をアイデンティティの核にしている」という鄭大均氏のいう「在日・強制連行の神話」自体が「神話」である可能性が高い』とあるが、在日韓国・朝鮮人のルーツが強制連行と主張している在日論者は、鄭氏の主張の根拠になる。
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