2012年3月23日金曜日

Poor Economics - 貧困層の生活行動

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

Poor Economics(邦訳:貧乏人の経済学)はバナジー(Banerjee)とデュフロ(Duflo)の開発途上国の貧困層の生活行動に関する本だ。

内容は面白く、英語も平易で、小難しい数式・表・グラフはほとんど出てこない。著者のデュフロが人口増加に関してどう考えているのか疑問を持ったので、手にとってみた。

全部を読み込んだわけではないが、日本人から見ると違和感がある部分も少なく無い。アフリカを研究している人々と、アジアに面している日本人とは、ちょっと見ている世界が違うものなのかも知れない。

1. デュフロはマルサスの罠をどう考えているのか?

著者のデュフロはサブサハラアフリカで実験経済学を駆使して効率的な援助方法を模索している。しかし、人口増加を抑制しないとどんな援助をしても無駄な気がして仕方が無い(関連記事:社会実験のための貧困対策)。病死を防いでも人口増加していけば、食べるのに必死で、労働生産性をあげる余裕などなくなるからだ。

第5章のPak Sudarno's Big Familyに、WHAT IS WRONG WITH LARGE FAMILIES?と言う節があり、きっとデュフロの考えが分かると思ったから、本書を読むことにした。だから、このエントリーでは、本書の全体をレビューするわけではなく、第5章の内容をレビューしていきたい。

2. 貧乏だから多産?

本書の見解だと、多産だから貧乏なのではなく、貧乏だから多産らしい。世銀総裁に名乗りを上げた著名経済学者ジェフリー・サックスの主張と反して、ケニヤで避妊方法を提供しても出産年齢を引き上げる効果は無かった。女性にとって妊娠、出産、結婚は、生活の安定を意味するからだ。また、子どもに老後を養ってもらえるので、子沢山は悪い事ではないらしい。

しかし、本書も指摘しているように、人口減少期には貯蓄率が上昇する。一般に投資量は貯蓄量によって定まり、投資量が多い方が経済成長するものだ(ソロー・モデル)。多産だから貧乏と言う側面も無視できない。また、水資源の枯渇などを考えると、やはり人口抑制策は必要になる。

3. 豊富な事象で浮かび上がる実態

貧乏だから多産なのも正しいのであろうが、出生率と貯蓄率の関係を考えると、貧乏だから貯蓄が無く貧乏になってしまう。本書では、この大きな問題には直接答えず、もっと生活に密着した実証研究の成果を紹介している。

バングラディッシュでは産児制限をしても子どもの教育や栄養価に大きな変化が見られなかったが、母親の健康状態は改善した。ブラジルはカトリックの国で子沢山だったが、トレンディードラマ(telenovels)の影響で出生数が減った。ケニヤでは制服を配給すると女子が学校にいる時間が増えて初産年齢が高まった。年配男性はAIDSキャリアである可能性が高い事を教えたら、性行為を回避するようになった。家族内の交渉力が出生数に影響を与えている。全て興味深い。

さて、これらの観察事象から何が言えるのであろうか?

4. 解決策は年金?唐突過ぎる結論

本書では第5章の最後に、出産制限の手法について言及している。つまり、老後保障制度としての子沢山に着目し、貯蓄可能な金融機関か、年金制度を創設する事が出生率を抑制する有効な方法だと主張している。金融制度や年金制度と出生率の関係を見た研究は紹介されていなかったので、これはとても唐突だ。

大抵の開発途上国には、貧困層がアクセス可能かは別にして金融機関は存在する。日本で国民年金ができたのは1959年だが、それ以前に合計特殊出生率は急激に低下している(図録▽合計特殊出生率の推移(日本と諸外国))。台湾で国民年金制度が開始されたのは2008年10月からだが、合計特殊出生率は90年代からずっと2を下回っている。日本と台湾が例外なわけではなく、東南アジアの年金制度の多くは90年代後半から始まっており、出生率の低下と連動していない。

そもそもインドやサブサハラアフリカの貧困層が長生きできる確率は低いであろうし、老後を心配しているのか疑わしい。老人になれば家族に支えてもらうのであろうが、8人も9人も子どもがいる必要も無いはずだ。

追記(2012/03/23 13:00):90年代のイタリアで年金給付額の削減を行ったら、出生率が上昇したと言う研究はある(Billari and Galasso(2009))。ただしトービット推定すべきところでOLSを使っている事や、妻の教育年齢が高い方が出生率に寄与する事や、少子化対策に触れられていないなど、疑問点も多い。

5. 政策効果を見ないフリ

インドの不妊手術普及策や中国の一人っ子政策も議論はあるが、日本、韓国、タイ、台湾などでも人口抑制を政府が呼びかける事が行われていた。逆に出生率の低下に悩む状態になっているが、人口抑制には成功している。本書でも、ブラジルはトレンディードラマ(telenovels)の影響で出生数が減った、社会的規範の影響はあると指摘している。政府機能が強ければ、人口抑制はできる。

政策的な成功事例があるのに、それを無視している理由は何故であろうか? ─ アフリカでは政府機能が弱いから? カトリックの団体がうるさいから? バナジーとデュフロの研究の出資者が人為的な人口抑制策が嫌いだから? ─ 理由はともかく大きな問題への回答が杜撰なのは気になるところだ。

結局、バナジーもデュフロも貧困層の調査が好きなのであって、貧困問題を解決する方法には強い関心が無いのであろう。真実の追求はきっと貧困問題の解決にもつながるから、バナジーとデュフロのその姿勢は肯定されるべきだ。しかし、アフリカの実験経済学が大事だからって、東アジアの奇跡を無視した政策的インプリケーションを導き出すのは、悪意に似た何かを感じざるを得ない。

0 コメント:

コメントを投稿