台湾有事についての言及を「つい言い過ぎた」ために*1、日中関係は高市早苗総理が退任するまで冷え込むことはほぼ確定した。中国政府のヒステリックな反応を咎めても何も改善しないし、かといって中国からの圧力で総理の首を替えると言うわけにもいかない。後の祭りだ。
次のことを考えよう。今から年末にかけて、日米関税交渉の第2ステージがはじまる可能性がある。そうなる確率は半々と言われているが、トランプ関税が無効になり、日米貿易交渉が再スタート。これが高市内閣にとっては試練だ。トランプ政権が悪いのだが。
アメリカ合衆国大統領にはアメリカの関税を決定する本源的な権限はない。合衆国憲法第1条第8項第3節(通商条項)により議会に決定権があり、条件と範囲を絞って大統領に権限を委任している。貿易促進権限(TPA)、1962年通商拡大法第232条、1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)、1974年通商法第301条、1974年通商法第122条、1974年通商法 第201条、1930年関税法第338条…これらの法律の枠組みに沿って、大統領は貿易交渉を行う必要がある*2。
トランプ大統領もIEEPAに沿って関税を決定していると主張している。IEEPAは抽象的な文面の法律で、国家安全保障、外交政策または経済に対する異例かつ重大な脅威を宣言するだけで、大統領は自由気ままに関税交渉ができる気がしてくる。しかし、トランプ大統領以前はイラン政府の資産凍結の根拠法になるぐらいで、同盟国に用いられることも、関税決定に用いられることもなかった。また、任意に緊急事態を認定することが許されれば、議会の憲法上の権限が大統領に実質的に移行することになる。
米国連邦最高裁は、保守派判事とリベラル派判事に大別されるが、どちらの側から見ても問題が大きい。リベラルから見ると大統領に過度に権力が集中しているように見えるし、保守派から見ると米国憲法を尊重していないように見える。トランプ支持者の中核を占める反エスタブリッシュメントの判事はいない。最高裁判事は統治エリートなのだから。トランプ氏に任命された3名の判事がトランプ氏に忠誠心を示す可能性もあり、実際にブレット・カバノー判事の発言はそのように読めるが、エイミー・コーニー・バレット判事は口頭弁論でトランプ政権の主張に疑問を示した*3。現在の判事は保守派が過半ではあるが、同性婚に関して過去の判断を踏襲している。トランプ大統領の意向に沿うことを優先はしていない。
トランプ関税無効の可能性は半分はある。無効になった後、どうなるか。トランプ政権は裁判所に従うのか。日米合意は有効なのか。日本は投資協定などのコミットを維持すべきか。1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム関税はどうなのか*4。トランプ政権は裁判所におとなしく従うのか。関税をあきらめて他の方法で無理のある利益供与を求めてこないか。米国からの圧力は昔からではあるし、政権交代で方針が変わることもあったわけだが、ここまで無軌道なホワイトハウスはなかった。
どうすべきか。米国からの圧力は昔からではあるし、政権交代で方針が変わることもあったわけだが、ここまで無軌道なホワイトハウスはなかった。台湾有事についての言及のような不用意さは大きく国益を害することになりかねない。一方、媚びへつらうべきかと言うと、そうとも限らない。トランプ政権は政治力を失いつつある*5。歴史を振り返っても稀有に無軌道なカウンターパートなので気の毒ではあるのだが、石破総理と赤沢経産相は(他国の首脳と比較して)上手く接することができていたので、高市氏は政敵と嫌わずにこの二人に教えて請うべきだ。SNS愛国「保守」の話は受け入れるべきではないし、彼らが喜ぶ「本音」をベラベラ喋ってはいけない。
*1午前3時、公邸で一人こもる高市首相 「安倍政権」の理想、遠い現状 [高市早苗首相 自民党総裁][自由民主党(自民党)]:朝日新聞
*2タリフ・トラッカー:米国における関税の権限や行使に関するガイド | 地経学研究所(IOG) by 国際文化会館・アジア・パシフィック・イニシアティブ
*3「トランプ関税」の合憲性、米最高裁が厳しく追及 口頭弁論で保守派判事も疑問呈す - BBCニュース
*42018年3月に第1期トランプ政権が導入したもので、バイデン政権のときに実質的に無効になっていたが、2025年2月に第2期トランプ政権がアルミニウムの関税率をあげて復活させた(トランプ政権が鉄鋼・アルミ関税導入へ:日本への影響は? | 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight | 野村総合研究所(NRI))。
*5世論調査から、来年の中間選挙で共和党は敗北の可能性が高い。トランプ関税が違法となれば、さらに支持率は下がりうるし、連邦最高裁がトランプ大統領に対して忠誠心が無いことが確認されるので、他のトランプ政権が数多く抱えている訴訟も政権敗訴となり、行政上の裁量権を失う可能性が高くなる。


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