2025年11月7日の衆院予算委の答弁で出た高市早苗総理の台湾有事は存立危機事態と言う発言が、反響を呼んでいる。
台湾有事、つまり中共の台湾侵攻が日本の存立危機事態になると言うのは、おかしい認識ではない。実態として軍事的に領土的拡大を犯す大国が、日本のシーレーンに立ち塞がることになる。しかし、この認識を正直に話すと問題が二点出る。
一つは、これまでの日中外交の前提を否定してしまう。1972年9月の日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明には、
中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。
とある。台湾は中国の領土という立場を支持はしてはいないが、尊重している。台湾有事があっても中国の国内問題に過ぎないので、日本の存立危機事態にはならないと認識していないと、話の座りがおかしくなる。
一つは、中国を外交的に刺激してしまう。中国は、既に日本と台湾を足したよりも軍事的に強大だ。強国言えども、必ず勝てるとも、大きな損害なく勝てるとも限らないので軍事侵攻は控えているわけだが、日本の指導者の不用意な発言が中国の対外強硬派を刺激する可能性がある。台湾に関して日本は旧宗主国で、日台関係は(反日勢力の国民党が凋落したので)良好だ。彼らが日本が台湾を吸収するような非現実的な話を考えていても不思議はない。
中国政府の反応が領事の戦狼外交ワンワンキャンキャンで済めばよいのではあるが、在中企業、在中邦人に対して何かするようなことも十分あり得る。尖閣諸島の国有化のあと、何が起き続けているのかを思い出そう。あれ、中国政府が(実利は変わらずとも)面子を潰されたと受け取ったので、中国海警が14年間も無駄な航海演習を続けて、海上自衛隊がそれに突き合わされている。外交のカウンターパートは理性的な紳士とは限らないのだ。発言は慎重でなければならない。
外務省は日台関係について、
台湾との関係に関する日本の基本的立場は、日中共同声明にあるとおりであり、台湾との関係について非政府間の実務関係として維持してきています。政府としては、台湾をめぐる問題が両岸の当事者間の直接の話し合いを通じて平和的に解決されることを希望しています。
と、白黒をつけない立場をとっている(外務省: よくある質問集 アジア)。
建前が現在の東アジア情勢と乖離している一方、本音は外交的軋轢を生み出す。一概に言えない、仮定の話には答えられない、答弁を控えると言うような政治家慣用句があるわけで、高市総理もそれらを用いるべきであった。本音を示さず防衛予算をつけろと言うのも奇妙なところではあるわけだが。
外務省と防衛省の皆さん、高市総理へのレクチャーを頑張ってください。


1 コメント:
日本政府はわざわざ本音を晒す必要はなかったし、高市首相の答弁が軽率だったという点には同意します。ただし
>台湾有事があっても中国の国内問題に過ぎないので、日本の存立危機事態にはならない
これについては意見を異にします。確かに日本政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとの中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重するとの立場をとって」いるものの「この問題が当事者間で平和的に解決されることを希望する」という留保がそれにセットでついてきます。(1972年11月8日衆院予算委員会での大平首相の答弁より)ですから当事者のどちらかが非平和的手段に訴えれば、前段の「理解し、尊重する」についても話は変わってきます。台湾有事が中国の国内問題というのはたしかに大陸中国がそう主張しているところですが、日本や、まして台湾がそれに同意する必要はないし、事実していないです。
高市首相の軽率さを批判するのは完全に正当ですが、今回の答弁がこれまでの日中外交の前提を覆すとの認識は違うんじゃないでしょうか。これまで曖昧にされてきたところの範疇で、それを不用意に明確化する必要はなかった、というのが実際のところだと思います。
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