2012年3月14日水曜日

ある社会学者の晩婚化への認識を検討する

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少子化に関して社会学者の筒井淳也氏のインタビューがBLOGOSに掲載されているのだが、経済状況や社会的規範が問題だと安易に主張しているように感じられる。

「現在までの日本の少子化の原因は8割がた、晩婚化で説明できる」と言うのは概ね理解できるのだが、結婚の機会費用と便益の整理が明確でないせいか、主張の論理的な裏付けが疑わしいものとなっている。

1. 晩婚化の原因は、経済状況と社会的規範のせい?

筒井氏は少子化の主要因である晩婚化について、経済的側面から晩婚化を説明しているのだが、ここの説明がとてもアドホックだ。(1)結婚に適した男性がいない(ミスマッチ仮説?)、(2)女性の社会進出(機会費用の増加)と二つの仮説を紹介しているが、どちらも良く考えるとおかしい事になっている。

1.1. 結婚に適した男性がいないのか?
女性が一定以上の年収の男性を求めている傾向があるのは確かだ。アンケート調査で結婚相手に高年収を希望する傾向は示されている(国民生活白書、図1-2-5)し、政府統計で現実にそうなっているのも分かる(Garbagenews.com)。しかし、この傾向は昔から変わらないはずだ。
近年は不景気で所得が下がっていると言う批判もあるのだが、婚姻件数は昭和47年がピークで急激に落ち込んだ後、90年代以降に大きな変化は無い(平成22年度人口動態調査)。未婚率の推移を見ても、オイルショック後は増加傾向で景気変動の影響は少ない。
婚姻でもたらされるはずの出生率を見てみると、バブル前の合計特殊出生率は1.54で、近年では景気の良かった2005年は1.26、直近の2010年は1.39となっている(平成23年版 子ども・子育て白書)。20年前以上前から人口を維持できる水準ではないし、リーマンショックの影響も少ない。都道府県別の所得と出生率に大きな差は無い。戸田(2007)は、雇用環境の改善が出生率を向上させる効果が僅かだと指摘している。以下の表では、むしろ平均所得と婚姻・出生率が逆相関になっている事が分かる。
平均所得と未婚率、出生率
年度 世帯当たり
平均所得
CPI 男性
未婚率
女性
未婚率
合計特殊
出生率
1975 283万円 57.4 14.3 7.7 1.91
1985 534万円 88.8 28.2 10.4 1.76
1995 685万円 100.9 37.5 19.7 1.42
2005 630万円 100.3 47.1 32.0 1.26
2010 625万円 99.6 47.3 34.5 1.39
もっと素朴な論証もできる。つまり、高度成長期はみんなもっと貧乏だったが結婚や出産をしていたし、開発途上国でも結婚や出産が特殊な事例では決して無い事を考えると、男性の経済的状況を理由にするのは説得力が無い。
1.2. 女性の社会進出が晩婚化をもたらしているのか?
女性の社会進出に伴う機会費用の増加も、良く現実を説明しない。未婚女性の方が非正規雇用が多く、キャリアが無い彼女たちには結婚による機会費用がほとんど存在しない。しかし、酒井・樋口(2004)によると、女性のフリーターも結婚・出産年齢が高くなる。
筒井氏自身も「そもそも、女性は結婚する前の離職率も高い。なぜかと言うと職場の扱いが違うからです。結婚や出産を機に離職するというのが、よく言われることなのですが、じつは結婚前にどんどん女性は会社を辞めている」と指摘しているが、これは女性が結婚や出産で失う機会費用が低い事を意味している。
1.3. ライフワークバランスの困難と晩婚化
職歴や年収が高い女性が仕事を辞めて家庭に入れば、それらを捨てる事になるので機会費用が高くなるわけで、筒井氏は女性が結婚・出産をしてもキャリアを失わないようにすべきだと主張している。しかし、DINKSの存在を考えると、出生率低下の理由ではあるが、晩婚化の理由とは言えない。

筒井氏の説明は、表面的にはもっともらしいが、良く考えると事象を整合的に説明できていない。独身時の便益(=結婚の機会費用)と、結婚後の便益を比較する必要があるのだが、機会費用の整理が良くされていないので、経済状況や社会制度が悪いと安易な結論に陥っている。

2. え? 労働市場のミスマッチ?

男性の雇用確保が婚姻率の上昇になると信じる筒井氏は、有効求人倍率の低い製造業や建設業から、有効求人倍率の高い医療分野や福祉に労働者を誘導して労働市場のミスマッチを解消すべきだと主張している。 ─ え? 労働市場のミスマッチ?

筒井氏は、医療や福祉に就業者が定着しない「最大の原因はやはり低賃金」と指摘しているのだが、賃金(=価格)は需給で定まる。要するに医療や福祉分野の労働生産性が低いために賃金が低く、就業者数が多くなっていないだけで、労働市場に何も問題は発生していない。

社会学者は、応用経済学者のベッカーの論文を参照する前に、基礎的なミクロ経済学のテキストでも読んだ方が良い。有効求人倍率が高くて、賃金も高いときでもないと、労働市場のミスマッチが発生しているとは言えない。

3. 筒井氏に欠落している視点 - 豊かになった日本

筒井氏は現在の日本型結婚を、男性が賃金を提供し、女性が家事労働を提供するモデルで捉えている。古いベッカーの理論では、結婚した方が賃金や家事労働の量が多くなるために、結婚するモチベーションが沸くわけだ。ベッカーのモデルには入っていないが、住居や家財の共有による生活費の軽減も結婚のモチベーションになる。

賃金水準は、長期統計では下がっておらず、高度成長期よりはずっと高い。変わった点は、男女間の賃金格差の縮小と、家電製品などの発達による家事労働の負担低下、そして親と同居と言うパラサイト・シングルの容易化だ。家族と同居していれば、家事労働の負担は少ないし、住居や家財の経済的負担も少ない。北村(2002)は、親と同居している場合に結婚する意欲が減退する事を指摘している。男女間の賃金格差が縮小したので、女性から見ると金銭的理由で結婚する理由は無い。

見合いの減少と自由恋愛の増加が生涯結婚率を引き下げていると言う指摘もあるし、結婚相手を探すコストも高くなった可能性はある。また、性的パートナーの確保が難しいわけではないようなので(OZmall)、この意味でも結婚の便益は低下している。

要するに日本が豊かになって、独身でいる事が経済的に快適になったので、結婚する機会費用(=独身のメリット)が大きくなり、結婚するモチベーションが下がったと言える。特に女性にこの傾向が強い。

4. 結婚を前提としない出産・育児を

少子化を問題にするならば、晩婚化の緩和にこだわる必要は無いかも知れない。「特殊出生率の引き上げ方」で紹介したが、米国・英国・フランスなどの婚外子の多さを見ると、出産・育児のための伝統的な結婚が制度的に無理があるように思える。独身でも恋愛経験数や性交渉数は十分多いわけで、20~34歳の女性の中絶件数(推定値で出生数比0.5)などを考えると、結婚を促進するより未婚の母を肯定するほうが現実的だ。

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