2011年10月27日木曜日

司法修習生の労働者性

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

司法修習生への給費制を貸与制に移行する事で、法曹界では反対が根強い(中国)。しかし、その必要性は法曹界のアピール不足で明確ではないように感じる。法曹界は、(1)経済的負担、(2)人材の多様性の確保、(3)公共心や強い使命感の醸成、(4)兼職禁止や守秘義務等の代償と、過少供給問題の防止で給費制の必要性を主張しているのだが、実際に共感ができるのは、法曹界が主張しない司法修習生の労働者性を理由にした必要性からだ。

1. 法曹人口の過少供給問題

法曹(裁判官、検事、弁護士)になるためには、ロースクールなどを経て司法試験に合格し、司法修習生になって実務学習を行う必要がある。旧制度だと2年、新制度だと1年の司法修習期間が必要だ。時間や金銭的な司法試験合格までの教育投資、合格後の教育投資が必要になるため、これがハードルになって法曹を目指す人間が減る可能性がある。これが法曹人口の過少供給問題だ。

法曹人口の過少供給問題が発生すると、最悪のときは法曹人口の不足、そうでなくても人材の多様性の確保が難しくなる。そうなると法曹サービスの質量の低下を招き、社会的な問題が発生する。法曹界での給費制廃止・貸与制移行への反対は、こういう文脈で議論されている(法曹の養成に関するフォーラム第一次取りまとめ)。

2. 貸与制で過少供給問題は発生しない

貸与制度が設けられているため、法曹人口の過少供給問題は発生しないと考えられる。

裁判官・検事・弁護士になろうとする人にとって見れば、資格取得の費用と、就職後の収入を両天秤にかけて、法曹に進むかを選択するだけだからだ。就職後の収入が十分にあれば、資格取得の費用は大きな問題にならない。特に司法試験合格後の支出は、資格習得不能になるリスクが限られてくるため、大きな影響を持たないであろう。リターンの約束された投資に近い。

もちろん貧乏で現金制約があれば問題になる。しかし、そこは貸与制度が設けられているため、問題にならない。給費制を貸与制に移行しても、法曹人口の過少供給問題は発生しない。

3. 教育サービス vs OJT

教育機関で給料が出る事は大半のケースではない。準国家公務員として兼職禁止や守秘義務等のある航空大学校でもそうだ。司法修習制度も教育サービスだと考えると、就学基幹中の賃金支払いは必要が無いように思える。

ただし教育サービスでも、賃金が出る例外がある。警察学校や防衛大学だ。警察学校や防衛大学は就職後のOJTして考えられ、自衛官は訓練が業務のようなものになっている。また、警察や自衛官が習得する技能が、他の職場では活用しづらい事からも、OJTとして認識するのは妥当に感じる。また身分が警官や自衛官になるので、就学中も非常召集をされる可能性はある。

司法修習生は教育サービスなのであろうか、OJTなのであろうか?

4. 司法修習生はOJT? ─ ならば賃金の支払いが必要

門外漢から見ると教育サービスのように思えるのだが、どうも実態は実務教育と称して労働を行っているOJTのようだ。つまり、司法修習生には労働者性がある事になる。

外国人技能実習生が不当に扱われていることが話題になったが、研修期間中でも技能実習制度における技能実習生にも最低賃金法が適用されるのが、日本の現行法である。司法修習生には労働者性がある場合は、妥当な賃金を支払う必要がある。そして、司法修習生の経験者は、労働者性を証言している。

つまり、法曹人口の過少供給問題と言う経済政策的な側面よりも、司法修習生の労働者性と言う法的側面の方が、法曹界の主張をサポートする。

5. 法的側面から給費制の存続を訴えない法曹界

法律の専門家が、法的側面から給費制の存続を訴えなかったのは興味深い現象だ。これは日本の法曹界の文化的な影響が強いように感じる。

つまり、司法試験が法曹界への入会試験で、裁判官・検察官・弁護士で独立した職種では無いのであろう。大手企業では入社後に何年間か研修が続いた後に、特定の部署で専門性を磨く会社は少なく無い。つまり、裁判所・検察庁・弁護士事務所が独立した組織だと言う認識が無いので、司法修習生と言うOJTを1箇所で行うのが妥当に思えてくる。裁判所や検察庁は、司法修習生を観察することで、採用人事に生かしている側面もあるそうで、まさに組織内研修の性質をあわせ持つ。

もっとも世間が法曹界と言う巨大な組織を期待しているのかと言うと、そうでは無いように感じる。裁判官・検察官・弁護士で結託するような可能性は排除すべきであろう。そもそも法曹三者共通の常識はロー・スクールで学べば良く、司法試験ではそれを確認すべきで、合格後の司法修習と司法修習生考試は冗長だ。

とはいえ、司法修習制度が維持され、かつ司法修習生の労働者性があるのであれば、順法誠心からは賃金を支払わざるを得ない。法曹界はもっと司法修習生の労働者性をアピールすれば、給費制を維持できたのだと思うが、今の所はその側面を強調する気は無いようだ。

0 コメント:

コメントを投稿