2013年4月14日日曜日

瀧本哲史の防犯ブザー配布中止批判に関して

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産経新聞に掲載された、4月6日の産経抄に関する京都大学産官学連携本部客員准教授瀧本哲史氏の防犯ブザー配布中止批判に関して、所感を述べてみたい。文壇としてはいいのであろうけれども、論理が甘い部分があるように思える。

瀧本氏は防犯ブザーの朝鮮学校への配布停止が、日本が在日韓国・朝鮮人の子弟を迫害していると言うメッセージになり、それら子弟が国内の不穏分子に成長する可能性があると主張する。しかし、論理の飛躍がある。朝鮮学校への差別的な措置は、在日韓国・朝鮮人の子弟を迫害する事を意味するものなのであろうか?

1. 朝鮮学校を罰すると、在日韓国・朝鮮人を罰することになる?

瀧本氏は「親が不法な政治体制を支持しているからといって子供を罰するのは、近代国家の原則に反する」と言うが、状況を誤解しているように思える。朝鮮学校と在日韓国・朝鮮人は、利害関係が一致した存在なのか?

2. 在日韓国・朝鮮人は、一条校に通う権利もある

北朝鮮と朝鮮学校の利害は一致していると見なされている*1。では、朝鮮学校に通う児童とその保護者が、朝鮮学校と利害が一致しているかと言うとそうでは無い。児童には、日本の教育制度に沿った一条校に通う権利がある。そして一条校に通えば、防犯ブザーが配布されるわけだ。

3. 防犯ブザーの配布中止は、朝鮮学校への差別

つまり、防犯ブザーの配布中止は、在日韓国・朝鮮人への差別ではなく、朝鮮学校への差別と言う事になる。そして、朝鮮学校は一条校では無いので、公立ないし私立の一条校と扱いが異なることは、公平性の観点でも問題ない*2

地方自治体の朝鮮学校への補助金打ち切りなどでも同様の議論になるわけだが、朝鮮学校への差別は、在日韓国・朝鮮人の子弟への差別とは言えないわけだ。在日韓国・朝鮮人の子弟は、韓国学校を含む公立ないし私立の一条校で、日本人の子弟と同様に扱われる権利は有している。

4. 学校運営への支援か、学童の防犯か?

上述の議論は、一つの大きな留保条件がある。そもそもの制度の目的によっては、学童への差別と捉えることも可能だ。防犯ブザーの配布が、学校運営のための支援であれば、正当化される。学校ではなく、学童に対して一律に配布する制度*3であれば、正当化されない。

5. 従来の対応からは、学校運営への支援に思える

町田市がどう位置づけていたのかが分からないが、私立校は希望した所に配布しているので、実態上は学校運営のための支援であったと考えられる。そして、在日韓国・朝鮮人の子弟も一条校に通う権利がある以上は、朝鮮学校を税金で支援すべき理由は無い(関連記事:朝鮮学校と言う子どもへの欺瞞)。

6. 在日韓国・朝鮮人の児童の心証は議論する必要が無い

もちろん防犯ブザーの配布は防犯目的であり、教育機関ではなく学童に配布するものであるから、そもそも教育機関の性質を問うのが間違っていると言う主張もある。結局、町田市は配布中止を取り消したので、今はこの論理で配布されていると考えても良さそうだ。しかし、この場合も在日韓国・朝鮮人の児童の心証は議論する必要が無い。勝手に誤解して恨みだす可能性はあるけれども。

*1これは議論の余地はありそうだが、北朝鮮の教育制度に乗っ取っている。

*2経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」から差別的扱いを批判する論調もあるのだが、A規約第13条では「教育が国によって定められる最低限度の基準に適合することを条件」とする事は否定されていない。

*3市役所が個人に配るべきと言う事になるが、事務コストなどを考えれば、教育機関を媒体に使う事が合理的だと考えられる。

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