2014年4月26日土曜日

駄洒落は面白い「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理」

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良く知らない分野の本を手にすると、往々にして文字が意味の無い絵に見えてくるゲシュタルト崩壊が起きるものだが、「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理」も例外ではなかったようで、かなり読み進めるのが辛かった。ゲーデルの不完全性定理の主張と証明の大雑把な流れは理解できたものの、難解な定理はラノベ風味にしてもやはり難解な印象を受ける事は変わらないことが分かる。著者はかなりの準備期間をもって執筆したようだが、普段は目にする機会の少ないメタ数学の一般書が困難である事を示すことになったようだ。

第10章のゲーデルの不完全性定理の本格的な説明に踏み込むまでは、比較的平易な記述が続く。第6章のε-δ論法と、第9章のラジアンの話がゲーデルの不完全性定理の説明にどう結びつくのかは不明であったが、推論規則やゲーデル数への言及以外は一般に良く使われる範囲の数学だと思われる。もちろんこの二つも最後に繋がる部分なのでおかしいわけではない。高校生や大学生、そして駄目な職業人の読み物として、第9章までは悪く無い。

最後の第10章になって、この和やかな状況が一変する。大量に形式的証明に関する述語が定義され、大量に定理が導出されて、第一不完全性定理と第二不完全性定理の証明の流れが説明される。ここについていくのが大変だ。大量に定義される述語がどう使われるのかは触れられないし、なぜω矛盾を用いたのかも書かれていないし、本シリーズの呪詛である「例示は理解の試金石」に反してω矛盾の具体例がほぼ示されない。ゲーデルの不完全性定理が主張の意味については丁寧に説明されているが、まやかしでも主張に辿りついた気がしなかった。

数学部分は微妙だったのだが、小説部分は「僕」が進路に悩むと言う、以前に読んだ二冊*1に比べてそれらしい描写がされている。細部の描写は甘い。冒頭ポエムで高校数学教師が「春が巡るたび、僕は数学を思い出す」と言っているところや、「今日の《がくら》は妙に静かだなあ。」とあって、これが伏線として回収される気が全くせず、やはり回収はされなかった事は三冊も読むと作者の狙いな気がして来る。ゲーデル数が出てきたからと言って、突然小説的にメタな表現を使ったのが違和感がある(P.224)。第8章の駄洒落は悪くなかったけれども*2

*1テトラちゃんが女で怖い「数学ガール」』『ミルカ様が狂人風の「数学ガール/ガロア理論」

*2ネタばれになるし、ツボに入るというよりニヤニヤしてしまう感じで、そこまで読み込まないと面白くないと思われるので、詳細は省く。

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