2014年4月3日木曜日

テトラちゃんが女で怖い「数学ガール」

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ラノベに新しい境地を開いたと名高い「数学ガール」を拝読してみたのだが、文学的に違和感が色々と残る作品だった。

内容は、妙に馴れ馴れしいミルカとテトラと言う少女二名と、妙に意識の高い系かつ性的関心の薄い「僕」が数列などから切り込みフィボナッチ数やカラタン数を説明したあとに、母関数を学び、、ゼータ関数やバーゼル問題につなげていくお話だ。本書のあとに出た『離散数学「数え上げ理論」』を読んでおくと、数学の部分は理解しやすいと思う。

1. キャラ設定は徹底されているのか?

文学的に違和感が残ると言うのは、キャラクターの設定が徹底されていない印象を受けるところだ。強烈な裏設定があるようにさえ思えてくる。

ミルカの「微分って、要するに変化量だよ」と言う説明を考えてみよう。変化率を表す導関数を導出する行為が微分のはずだから、人によっては違和感が残るはず。饒舌キャラでは無いとは言え、器用な女であるミルカが疑義の残る台詞を残していいのであろうか。

テトラも「僕」のテイラー展開の説明をあっさり受け入れている。証明も無しでだ。授業の説明を「小さな懐中電灯を一つ渡され真っ暗な部屋に投げ込まれたみたいな気分になる」と受け入れられない不器用な女のテトラが、こんな煙に巻いたような説明を上手に受け入れて納得するのか*1。他にも指数関数の性質に触れているがネイピア数には触れていないのだが、ここはいいのかテトラ。

もしかしたらテトラは「僕」に気があるだけで数学には関心がなく、単に「僕」を機嫌よくしゃべらせているだけなのかも知れない。話が込み入って来そうな部分は、時間調整でパスしているのであろう。なぜかオタクな彼氏を欲しがる女の子もこの世にはいる。しかし、こういうキャラ設定だとしてしまうと、もはや「数学ガール」ではない少女漫画の世界になってしまう。それでいいのか。本当にいいのか。いいけど。テトラが怖いよ。

2. プロローグとエピローグのつながりが悪い

プロローグがポエム()になっていて、『高校時代、数学を通して関わった彼女たちを、僕は決して忘れない。』と書かれている。ここから連想される事は一つ、現在は主人公の「僕」は「彼女たち」と疎遠であると言う事だ。頻繁に会ったり連絡をとる人間を思い出し、忘れないことを決意する人は健常ではない。しかし、エピローグで「彼女たち」の写真と手紙が存在することが示され、どちらも外国からのもの、つまり高校時代のものでない事が描写される。「僕」と「彼女たち」の交流は途絶えているようには思えない。続く巻への伏線の可能性もあり得るが、気持ち悪さが残る。

3. 変なツッコミを入れるよりは、著者の試みを評価したい

重箱の隅をつついてみたが、本質的に孤独な学問である数学を、恋愛小説の中で説明していくという困難を考えると、色々と無理が出てきてしまうのは仕方が無い。テイラー展開の証明が与えられていない状態で、テイラー展開を使ってバーゼル問題を解いているわけだが、全ての定理に証明を与えていたら数学の教科書になってしまうし、易しい問題だけでつなげていくと盛り上がりにかけてしまう。変なツッコミを入れるよりは、数学に日常感を出そうとした著者の試みを評価するほうがフェアであろう。それでも突然でてきた「代数学の基本定理」が、どこへ繋がっているのかが分からなくて気持ちが悪い*2し、カントールの文句を引用をしてωのワルツと章題をふって、ド・モアブルの定理と言うのも形式に沿っておらず美しくない*3

*1物理数学の直観的方法」を見るに、名門大学でもかなりの人間が理解できていない。また、証明も直観的なものではないように思える。

*2あとに出てくる定理の証明に使われた形跡が無いように思える。

*3カントールでωだしたら集合の濃度の話しろって国語の時間に習ったはず。

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