民間エコノミスト出身の高橋乗宣氏が、「論文のイロハを知らない理系研究者」と言う挑発的なタイトル*1の記事で、STAP(幹)細胞騒動について理研を批判して、理系研究者の怒りを買っている。ところがこの記事、文系作文として批判に耐える水準に達していない。文献を読み込んだ形跡が無く、事実誤認のところが多いからだ。
幾つかおかしい所を見ていこう。
実験にのめり込んでいる理系の研究者の多くは、論文を書く機会が極めて少ない。そこが文系の研究者と違うところだ。
実験室で研究している理系の人々は、一般の文系学者よりも大量に論文を生産している。そして“書き間違い”ではなく、“不正”が問題になっている。
文系であれば、論文を書き慣れているしトレーニングも積んでいる。どのように表現するのが適切かも理解しているから、この手の失敗は起こさない。
査読論文ではないとは言え、American Economic Reviewと言う経済学でもっとも権威の高い雑誌の一つに掲載されていたラインハート=ロゴフ論文の計算間違い*2はお忘れのようだ。
小保方さんの論文は、博士論文と画像が酷似している点が「捏造」とされたが、論文の作成で引用は決して珍しいことではない。
画像の無断引用ではなく、ある実験の画像を違う実験の結果のように見せかけたとされているから問題になっている*3。問題視されていることを把握していない。
実際、調査委員会はSTAP細胞の存在を否定していない。そこも無責任な話だが、画期的な結果をもたらした研究内容についての判断は留保した。これから1年かけて検証するそうだ。それなのに「捏造」だ「改竄」だと一刀両断するやり方は異常だ。
この世にライオンが存在する証拠として犬の写真を見せていたら、ライオンが存在するにしろ捏造です*4。
理系論文でもそうだと思うが、文系論文ではより文献調査が重要になるし、用語定義は良く確認しないといけない。理研の主張を批判したいのであれば、理研の主張をまず整理する必要があるし、そこで使われている「剽窃」「改鋳」「捏造」「悪意」がどう定義されているのか、結論に至った論理はどのようなものか整理する必要がある。またバイオ系研究者のライフサイクルを議論するのであれば、その実態も確認しないといけない。
具体的には、剽窃部分の他に、Nature論文で発見されたテラトーマ画像のトリミング処理*5や、電気泳動実験がどのようなもので、なぜ写真加工が御法度なのかも理解しないといけない*6。調査委員会の報告は、バイオ系の学部生なら理解できそうではあるが、やはり専門家向けであるから、色々と知識を補完する必要があるであろう。バイオ系研究者のライフサイクルの調査はヒアリングを行うか、官公庁の実態調査の報告書を読み込む必要がある*7。
完璧な議論なんて無理だと思うが、高橋氏の作文にはこういった努力をした形跡が見られない。かなり年配で出世された方なので言いたい放題でも周囲は何も言えないのだと思うが、文系作文として水準に達さないものを、文系を代表するかのような言い草で、世間に公開しないで欲しい。
調べるのが面倒だったら、黙って見守ればいいんですよ*8。
*1タイトルは編集部がつけることもあるらしいので、高橋氏が関与しているかは分からない。
*2関連記事:ロゴフの計算間違いに関して
*4『中国の動物園でライオンが「ワンワン」と鳴く珍事発生 → 犬だった / 動物園「ライオンがいなかったので」』を参照。
*5「小保方晴子のSTAP細胞論文の疑惑: 小保方晴子の疑惑論文1(Nature Article誌)」を参照。6枚の写真をつなげた博論の写真のうち3枚だけ切り取って、Nature論文に貼り付けた事が分かる。
*6関連記事:STAP幹細胞騒動に飛び込む前に見ておくべき動画
*7広く調査を行えば、身近な実態しか知らないバイオ研究者自身よりも、文系研究者が実態を良く把握できる可能性もある。
5 コメント:
ライオンなのに犬とありましたが、画像使い回しの件、博士論文もSTAP細胞なのですが、そこは把握されてるんでしょうか?
もちろんSTAP細胞とはかかれていないですけど。実験方法から見るとSTAP細胞から作成されたテラトーマです。
>>金沢悟 さん
> 博士論文もSTAP細胞なのですが
小保方氏の博論は多能性幹細胞をテーマにしていますが、STAP細胞は扱っていませんね。
もし何年も前の博論で既に発見していたら、理研での研究がニュースになりません。
膵臓から作った多能性幹細胞といのはSTAP細胞の他になにがあるのでしょうか?
Ips細胞なのでしょうか?
悪意善意が無関係な世界でりっぱな研究者として活躍できる世界へ飛ぼうよ。日本が世界に尊敬されるためにね。
>>金沢悟さん
小保方氏の博論は動物の体の中から多能性幹細胞を見つけ出すと言うもので、多能性幹細胞を作り出したわけでは無いようですよ。
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