2010年9月3日金曜日

ゲノム解析と特許、遺伝子情報は誰のもの?

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今年の8月は、小麦(AFP)、リンゴ(AFP)、蟻(AFP)とゲノム解析のニュースが続いたが、しかしSingularity Hubによると、米国でDNA断片の特許の扱いについて議論が噴出しているようだ。しかし論点を整理していくと、議論になっている問題は、米国の特許制度に起因しているように思える。

1. 遺伝子情報は有用

遺伝子情報の解析が熱心に行われているのは、商業的な応用範囲が広いからだ。例えばリンゴは、植えてから収穫できるまでに8年もかかるので、従来の交配による品種改良では、改良に時間がかかってしまう。しかし、他の作物で発見されたDNA断片を入れることで品種改良の速度が向上できると期待されている(Mail Online)。

2. DNA断片で特許取得し、企業は排他的な利益を狙う

これら解読された遺伝子情報のうち、機能や特別な有用性のあるDNA断片は、特許として保護されうる(特許庁)。発見のコストを上回る排他的な利益を得ることが期待されるので、熱心に解読されているわけだ。特許によって、研究活動が活発化している。

3. 人間の遺伝子は誰のもの?

米政府によると、ヒトゲノムに4万以上の特許が存在し、大雑把に20%の人間の遺伝子が特許でカバーされている。

これに対してアメリカ自由人権協会など、人体内の物質を発明品として認めることに反発をしているグループもあるが、慣習的には特許に値する。例えば化学物質のアドレナリンは1906年に、インシュリンは1923年に特許が取得されている。体内に存在する物質でも、分離・精製されていれば医学的に重要だからだ。

4. DNA断片の特許に無効判決!

2010年3月29日、Myriad Genetics社の保有するBRCA類の7つの遺伝子配列特許が、米国連邦地裁で無効とされた。この遺伝子配列特許は、遺伝的な乳ガンと卵巣ガンの発生リスクのテストに用いられ、同社はテスト・キットを3,000ドルで販売している。同社は抗告したが、バイオテク企業が保有する遺伝子配列特許を却下する判例となり、関係者に驚きをもって受け入れられた。

なお、同社の特許は組成物の発明となっているが、診断のために単純複製したDNA断片は、組成物の精製を行ったものと見なされなかったようだ(Molecular Diagnostics Blog)。ただし、DNA断片の特許申請条件に変化があって、無効は書類上の問題である可能性もある上、上級裁の審議が残っているので、米国のDNA特許に対する状況が裁判で変化したと見なすのは時期尚早だ。

5. 特許を認めても製品開発に結びつかない?

遺伝子と特許の問題を扱っている"Who Owns You?"の著者である法務博士で哲学博士のDavid Koepsell氏は、DNA断片のような技術開発の上流部分では特許を認めず、もっと実際の製品開発に近い下流部分で特許を認めるように主張している。

理由は企業が特許を保有している事が、製品開発を促進するとは言えないからだ。Myriad Genetics社は、乳がんに関連するDNA断片の特許から年に3億ドルの利益をあげていたが、乳がんのワクチンの開発は150万ドルの公的資金で賄われた。

既存の特許システムでは、製薬会社は大ヒット商品を狙う傾向があるが、それはマーケティング費用が多くかかるが、R&Dを多く必要としない。特定の人々のためのニッチ製品よりも、マス向けの製品が開発されやすい。

6. 特許が競争を阻害し、より優れた製品開発を止めてしまう?

他社の特許がR&Dの阻害になることもあり、上流部分での特許には弊害が多いという主張もある。上述のMyriad Genetics社乳がん検査キットでは、同社製品以外に選択肢が無いため、セカンド・オピニオンが聞けない状態なのが問題になっている(New York Times)。

特許は排他的独占権を認めるものだから当然ではあるが、DNA断片のような他に選択肢の無い上流部分の特許は、競争を完全に阻害し、製品開発を止めてしまう可能性がある。

7. 特許の運用は、製品開発を促進する方向で変化している

Myriad Genetics社の無効とされた特許は1998年に取得されている。その後、1999年と2000年に日米欧の三極特許庁において、DNA断片に関する特許性について比較研究が行なわれた結果、特許の運用が変化している(特許庁)。

従来はDNA断片自体に特許が認められる傾向があったが、現在は特許申請者はDNA断片の有用性を立証する義務があるため、より研究開発の下流に近いところで無いと特許が認められない。機械的にDNAを解読し、公知データベースから機能を推定できる状況であるため、DNA断片の有用性を立証できなければ発明に値すると言えなくなったためだ。

8. 特許は20年間で切れ、特許による弊害は限定的

製品開発には時間がかかるため、上流部分の特許で利益を上げるのは難しい。例えば2001年に二本鎖RNAでRNA干渉が制御できると分かってから、RNAi治療の臨床試験が開始されるまで8年間がかかった。製品化はさらに後になる。リンゴに遺伝子を注入して品種改良を行った場合は、商品化には最短でも10年程度はかかるるであろう。実際の製品開発が発売されたときには、すぐに特許切れになる可能性が高い。

9. 問題は米国のサブマリン特許では?

しかし先発明主義を取る米国では、特許取得を遅らせることで有効期間を後に引き延ばせるという問題があり、サブマリン特許と呼ばれる。

例えばDNA断片を特許申請した状態で止めておき、それを使った治療法が開発された段階で特許を取得すれば、特許期間20年間全てで利益を上げることができる。影響範囲が広い上流部分でサブマリン特許を浮上させれば、実際の製品開発の労力無く、莫大な利益を得ることができるのだ。この場合、製品開発で利益を上げたい企業には特許はリスク要因でしかないので、製品開発が阻害される。

結局、米国のDNA断片に関する特許の議論は、米国の制度的な特殊性に起因するようだ。なお、長い論争の結果、米国も先願主義に移行する見込みだ(Patent Reform Act of 2009/2010)。

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