話題のピケティ「21世紀の資本」だが、去年の6月15日には大きな問題点がMITの院生によって指摘されていた(Rognlie(2014))。査読論文ではないので粗があるかも知れないが、ピケティが描く絵に致命的な問題がある事を、明確に示している。資本の増大と資本分配率の上昇はほとんど住宅と地価の上昇で説明され、ピケティが指摘する生産技術が資本集約的になったことは、ほとんど影響していない。21世紀の資本は住宅と言う、ありふれた形態をしていた。
1. 資本と労働の代替の弾力性が高すぎる
Rognlie(2014)は、まず減価償却費を資本分配から除去しないグロス値の資本と労働の代替弾力性σに着目している。これは利子率と賃金率の比が変わったときに、資本と労働の需要がどう変わるかを表す値で、逆に資本と労働の投入量が変わると、利子率と賃金率の比がどう変わるかも表す。σが1を超えればグロス値の資本分配率が増加していき、σが1を下回れば逆となる。
ピケティは減価償却費を資本分配から除去したネット値の資本分配率が上昇していると指摘している。資本分配から減価償却費を差し引く分、ネット値はグロス値よりも低くなる。だからピケティの主張が正しいとすると、ネットの代替弾力性が1より大きくなるために、σは1を大きく超える6.7ぐらいが必要だそうだ。これは異常に高い値だ。
Chirinko(2008)をみると、σは0.4から0.6ぐらいが妥当だそうだ。長期のσの計測には困難があるので、σを過小評価している可能性はあるものの、ピケティの議論は過去の実証研究を踏まえたものになっていない。なぜピケティはσをこんなに高いと見なしているのであろうか?
2. 土地が代替弾力性の測定を攪乱する
ピケティも根拠無くσが高いとはみなしていない。Piketty and Zucman(2013)で1970年から2010年のネット値の資本と労働の代替の弾力性が1.5と計測している。しかし、Rognlie(2014)は、この計算に問題があると指摘している。住宅の影響が大きい。
資本の増大は、大半は不動産価格の上昇などのキャピタル・ゲインで説明される。さらにピケティらは時価評価を使っているが、貯蓄が簿価評価なので基準があわない。簿価になおすと、資本の増大はさらに小さくなり、むしろ国民所得に対する比率は小さくなっている。
資本分配率の上昇は、住宅投資の影響が大きい。資本分配率を企業、住宅、個人企業の所得である混合所得に分類すると、住宅投資だけが増えている。なお、住宅投資から得られる家賃や帰属家賃(と減価償却費)は全て資本分配として計算されるから、資本における住宅の比率が高まるほど資本分配率は上昇する。
住宅は有限の土地が生産要素の大部分を占め価格差が大きいので、資本と労働の代替の弾力性を計算すると偏りが大きくなる*1ので、住宅の影響を除外していないピケティらの推計値は疑わしい。住宅とその他の消費財の代替弾力性は低く1は無いので、正しい推計を行なえば、資本と労働の代替の弾力性は低くなる。
3. 資本の中身は未だに建造物が大半
既にピケティの議論の前提が崩壊しているわけだが、Rognlie(2014)は念入りに資本の内訳を確認し、ハイテク機材と言うよりは建造物が大部分であることも示した上で、生産技術が資本集約的になった影響が大きくは無い事を示している。原因も結果も藁人形だったわけだ。
4. 21世紀の資本は住宅
Rognlie(2014)は「21世紀の資本」の全てを否定していないと書いているが、書名は「21世紀の格差」ではないので、かなり大事なポイントを念入りに批判しているように思える。「21世紀の住宅」の方が妥当なタイトルだとも書いてあったが、資本分配率に住宅が与える影響は以前から指摘されていた*1し、考慮すべき大きな問題だ。実際、アメリカ経済学会大会でも住宅の影響を指摘する人はいた*2し、Rognlie(2014)と同様の批判もある*3ようだ。社会科学でも真実は細部に宿ることもある。
*1西崎・須合(2001)「わが国における労働分配率についての一考察」の第2節(1)を参照。
*2『アメリカ経済学会大会のピケティセッション:すばらしい。 - 山形浩生 の「経済のトリセツ」』に、AuerbachとHassettの質問がリストされている。
*3"Housing capital and Piketty’s analysis | VOX, CEPR’s Policy Portal"がTwitterで流れていた。
4 コメント:
「1. 資本と労働の代替の弾力性が高すぎる」のσ≒4.4がRognlie論文のP.9のlog(3.8/1.5)/log(5.3/4.3)のことだとするば、これは「ネット」の代替弾力性で、P.6の換算式から「グロス」代替弾力性は、σ/0.66≒6.67では?
>>Tetsuya Seiki さん
ありがとうございます。御指摘の通りですね。訂正しておきます。
↓これでは如何でしょうか?
「だからピケティの図10.9 http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/7/c/-/img_7c0bd9f60b2b6337be103ad21a028279286278.jpg における21世紀のr-gの予想が正しいとすると、ネットの代替弾力性が4.4となり、σは更に6.7ぐらいが必要だそうだ。」
Rognlie論文が発展して、3/19遂にブルッキングス・ペーパーに載ったそうです。
http://www.economist.com/blogs/freeexchange/2015/03/wealth-inequality?fsrc=scn/tw/te/bl/ed/nimbysinthetwentyfirstcentury
http://www.washingtonpost.com/blogs/wonkblog/wp/2015/03/19/meet-the-26-year-old-whos-taking-on-thomas-pikettys-ominous-warnings-about-inequality/?postshare=6571427540592875
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