話題の「21世紀の資本」だが、内容について風聞が色々と流れてくるので、拝読する前に噂をもとに感想を述べたい。
本書は、資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回ることを長期経済統計を用いて示しつつ、それが起因して富の偏在が発生して問題だと主張している本らしい。例外的にr>gが解消された時期と理由などの論考もされているようだ。
1. r>gはつまらない事実
r>gと言う分析結果に面白みは無い。教科書的な新古典派成長理論であるRamsey Modelでも、時間選好率の分だけ、rの方が高くなる。Diamond OLGでは、時間選好率、人口増加率、資本分配率が高くなるほど、rがgより高くなる*1。r>gと言う事実だけでは、常識は覆されない。
2. rが安定的なのは興味深い
興味深いのはgを上げても、rがそれほど変化しないように書いてあるらしい。gをあげると問題解決になるそうだ。日本で高度成長期とバブル崩壊後を比較すると全然違う気がするが、他の経済変数に関わらず長期的にrが安定的だとすると、新古典派成長理論で現象を説明できなくなる。
追記(2015/01/16 09:51):Figure 6.3、Figure 6.4で英仏の長期資本収益率を見て安定的と言っているようだ。
3. rは名目金利ではない数字
rは名目金利ではないことに注意が必要だ。営業利益から人件費を引いて総資産で割ったものを、インフレの影響を除いて実質化したものに近い。歴史的に4%を長く下回らないことになっていて、金利だと思うと日本が異常に思えてくるが、今の日本でも3%ぐらいはある。
4. 資本収益にある規模経済性
資本収益に規模経済性が働くのは、確かに考慮すべきことであろう。人々のrは共通では無い。「タックスヘイブンの闇」でも、金持ちしかタックスヘイブンの恩恵を受けられないと指摘されていた*2。開発途上国の貧乏人は、預金金利どころか保管料を取られることがある。
5. 資本の増大が不平等の拡大とは限らない
近年の資本の増加を問題にしているらしいが、住宅も資本に含まれるので、不平等が拡大したと言う解釈はミスリーディングのように思える。労働分配率を出すときも、{労働所得/市場価格表示の国民所得}を計算すると住宅投資の影響などが含まれるので、企業統計から人件費/(人件費+営業利益+減価償却費)を計算すべきと言う議論がある*3。そういえば労働-資本分配率の長期推移はどうなっているのであろうか。
追記(2015/01/16 09:22):Figure 6.5が資本分配率の推移になっていて、日本の動きからして要素価格表示の国民所得が分母になっているようだ。なお、1975年から2010年のそのグラフでは日本以外は上昇しているようにも見えるが、Figure 6.8やFigure 10.8を見るとフランスも長期では安定的に見える。
6. 不平等の解消方法はピケティ案以外もある
不平等の解消方法は、ピケティの提案以外に色々とあり得る*4。累進性のある給付付税額控除ができる消費税の創設、低所得者の失業保険料(給与税)の廃止、高所得者の所得/税額控除の廃止、相続税の強化などが考えられる。
7. マルクス経済学はサポートされない
勝手に「物的資本を所有する資本家に支配力が・・・」とr>gに理屈をつけている経済評論家もいるのだが、理屈付けが甘い。契約理論を使っているが、労働者の転職が自由でなく就業前に契約によって支配力が制限されないことが前提になってくるので、現代社会にはピケティの問題意識が通じないことになってしまう*5。
8. 読書のポイント
r>gを時間選好率、人口増加率で説明してはいけないのか、資本分配率はどうなっているのかが重要になってくると思われる。r>gが不平等につながる理由づけも、説得力のあるものかは批判的に読む必要があるであろう。よく指摘されているが、世界全体では不平等は解消されているかも知れないし、アメリカやアジアと言うよりは欧州での経験則な可能性もある。
9. 噂だけで感想を書いて分かったこと
一行も読んでいないが、噂だけでこれだけ考察できる「21世紀の資本」は、やはり凄い人気だ。もちろん噂は噂に過ぎないので、このエントリーの内容を真に受けないように。むしろ、どれぐらい的を外した話かを、しっかり読んで確認してもらいたい。
*1『世代重複モデルで見る少子高齢化と利子率』を参照。
*3西崎・須合(2001)「わが国における労働分配率についての一考察」の第2節(1)を参照。
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