2011年10月20日木曜日

周波数オークションの免許代は価格転嫁されないか?

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“狐につままれたような気がする”話で、「周波数オークションの免許代はサンクコストなので価格転嫁されない」と言うのがある。以前も検討したのだが、また周波数オークションの話が持ち上がっているので、ちょっと再検討してみる。最後に説明を行うが、現実を良く反映していない議論で、思考実験的な話だ。

1. 狐につままれたような論理

まず、良く言えば「非直感的で理解しづらい」、悪く言えば「狐につままれたような論理」を確認してみよう。

完全競争的で、限界費用がサービス価格になる市場を考える。事業には周波数免許が必要で、企業は免許代を払って免許を取得する。免許の更新には費用が発生しない。教科書的に考えると、払い込んだ免許代は固定費用なので、短期限界費用には加算されない。ネットワーク網の整備や稼働によって、追加の免許代は不要だ。免許費用が100兆円でもサービス価格に転嫁されないと言う、狐につままれたような論理が出来上がる。

2. 狸的に操業停止点を考える

固定費用があるときに、操業停止点が移動する事になる。つまり総収入(サービス価格×サービス量)が総費用(固定費用+限界コスト×サービス量)を賄えないようであれば、企業は操業を行わない。儲からないからだ。

免許代で固定費用を増加し、操業停止点の価格が引きあがる事で、全ての企業が撤退せざるをえなくなるケースは教科書的にも考えられる。この場合はサービス量を変化させて、サービス価格を引き上げる事になる。

完全競争的な経済を想定しているので、恐らくサービス量の増加で限界コストは増すので、何社かが脱落する事で1社あたりのサービス量が増えるようになる。結局、供給量の変化から限界コストが増す事になる。

追記(2011/11/01 10:30):固定費用の増加で変化するのは操業停止点ではなく、損益分岐点だと指摘を頂いた。確かに、短期では固定費用は資産売却などで回収不能なので、操業停止点を移動させない。ここでは、固定費用は資産売却で回収可能だと仮定している。長期では損益分岐点と操業停止点は一致すると解釈されたい。

3. カワウソ的にサンクコストを考える

周波数オークションの免許代が固定費用であっても、さらに埋没費用(Sunk Cost)であれば、操業停止点は変化しない。つまり、操業を辞めても、固定費用を節約する事ができないのであれば、操業を停止しても意味が無いからだ。

ここで周波数オークションの免許代は埋没費用になるので、価格に転嫁されないと言う主張が出てくる。ところが資金調達費用を考えると、埋没費用で関係ないと言い切れない問題が出てくる。

現実的な企業は、負債にしろ、資本にしろ、資金調達を行って生産活動を行っている。『現金』が豊富な企業でも、それは負債か資本によるものなのか変わらない。つまり、企業は負債や資本で免許代の費用を調達するので、利払いか配当が必要になる。埋没費用はサービス継続に影響は無いのであるが、調達資金の増加は毎期のコストを跳ね上げる。

埋没費用であればキャッシュ・フローに関係ないはずだが、資金調達を考えるとキャッシュ・フローに影響する。赤字になったら、企業は倒産してしまう。つまり周波数オークションの免許代は操業停止点に影響を及ぼすわけで、埋没費用ではない。

4. オオカミ的に長期費用曲線を考える

長期費用曲線には固定費用は無いので、長期では資金調達コストは限界費用に含まれる。ここで言う長期は、金利に影響のある期間以上なので、1日以上は長期だ。また、短期的にも免許代は固定費用ではなくて、限界費用になるかも知れない。通信量に応じて周波数が必要になるため、通信サービスの提供に対して限界的に免許取得が必要になるためだ。

5. 周波数オークションの免許代とサービス料金

企業の資金調達を考えると、利子等の資金調達コストを増すため、免許代はサンクコストにならない。長期的には資金調達コストは限界費用に含まれるし、金利は1日単位で計算される。そしてサービス価格は限界費用に一致する。つまり、周波数オークションの免許代は、サービス価格に反映される。

もちろん競争的な市場ではなくて寡占的な市場であれば、企業は利潤を多く得ている。現実の日本の携帯電話会社は、どこも黒字でリッチだ。周波数オークションの免許代がよほどの金額にならない限りは、価格転嫁はされないであろう。だが、それも周波数オークションの免許代次第になる。

6. 経済モデルと現実

現実経済を経済モデルで分析するときに、現実経済の要素が、モデル上の変数に対応しているのかは慎重な考察が必要だ。「周波数オークションの免許代はサンクコストなので価格転嫁されない」と言う主張は、現実への当てはめに失敗している。ゆえに、とても「狐につままれたような論理」になってしまっている。「100兆円で落札しても、ケータイ料金は同じで済むんや!(`・ω・´)キリッ」と言われても、納得する必要は全く無い。

上述の簡単な考察から考えると、携帯電話やテレビなどの産業構造と免許の落札価格に依存するようだ。また、周波数オークションの是非には、サービス価格への影響以外にも、総務省がたまに行う電波再割当への影響なども考える必要もある。国際標準への対応や細切れの割当を見直してガードバンドを減らしたりしているからだ。

7 コメント:

ぼん さんのコメント...

これは大分酷いですね・・・
「3. カワウソ的にサンクコストを考える」について述べます。
現金調達であろうと、借入であろうとサンクコストはサンクコストです。また当然キャッシュフローにも影響はしません。
(借り入れの場合においても免許を返上しても事業を継続してもしなくても借り入れはなくなりませんのでキャッシュフローに影響が無いことがわかりますよね?)
サンクコストを考える場合には、ギャンブルを考えると分かりやすいです。要は過去の決定(及びそれに付随する投資)は変えられない、ということなのです。

なぜこんな勘違いになったのかというとおそらく
2. 狸的に操業停止点を考える
ここから間違っているからでしょうね。
<固定費用があるときに、操業停止点が移動する事になる。つまり総収入(サービス価格×サービス量)が総費用(固定費用+限界コスト×サービス量)を賄えないようであれば、企業は操業を行わない。儲からないからだ。>
これが間違いです。これはおそらく損益分岐点と操業停止点を間違えたのだと思います。企業は損益分岐点以下でも操業を行います(操業停止点以上である限り)。

これはどうでもいいことですし、ややテクニカルですが
4. オオカミ的に長期費用曲線を考える
<通信量に応じて周波数が必要になるため、通信サービスの提供に対して限界的に免許取得が必要になるためだ。>
これは技術的にも実務的にも正しくないです。まあ、本論ではないのでどうでもいいですが。
5.6.についても間違っていますが・・・既にコメントとしては長いのでTBにするか、もしくはめんどいので忘れると思いますw

uncorrelated さんのコメント...

>>ぼん さん
コメントありがとうございます。

金利負担があるとキャッシュフローが悪化するので、資金調達を考えるとサンクコストが固定費用に転嫁します。倒産すると、金利を払わなくていいので、サンクコストでは無いと考えても良いと思います。

操業停止点よりも、損益分岐点と言うべきでしたね。訂正しておきました。
完全競争で価格転嫁が不能な事が事前に分かっている場合、免許代を価格に乗せれないと損益分岐点を超えないので、そもそも通信会社が参入してこないと言う事になると思います。

金利と言う短期の固定費用が、長期では限界費用になると説明した方が良かったかも知れません。

最後の点ですが、契約者数に応じて免許が割当られているのはご存知ないですか?
まさか基地局のエリアを細かく調整すれば、空中線不足は関係ないと思っていないとは思いますが。

JJ さんのコメント...

倒産でサンクコストでは無くなるって新しいねb
クスっとできるジョーク

yoko さんのコメント...

ブログ主のサンクコストの理解がおかしい
”埋没費用であればキャッシュ・フローに関係ないはずだが”
これは定義的に間違いだよ



”倒産すると、金利を払わなくていいので、サンクコストでは無いと考えても良いと思います。”
この理論だと倒産すればいいので企業にはサンクコストなるものは存在しえなくなっちゃうよね



同様に人の場合も自殺すればいいのですべての場合においてサンクコストは存在しない・・・
ってそんなわけないw



サンクコストってのは埋没費用
これをブログ主は勘違いしちゃってるのかな
サンクコストかどうかの基準は”取り返せるかどうか”だよ~



”免許費用が100兆円でもサービス価格に転嫁されないと言う”
これは事実だろうね

例えばソフトバンクが今度のバンドを100兆円で落札しても
競合他社がいる以上サービス価格の引き上げなんて不可能だってことはわかるでしょ?




この記事の一番の問題点は費用と価格を混同しちゃったことかな
価格は市場できまるから費用とは関係ないよ~

uncorrelated さんのコメント...

>>yukoさん

コメントありがとうございます。

借入金で落札費用を賄った場合、倒産したら返済前の落札費用は払わなくていい(=取り返せる)のでサンクコストにならないです。

もちろん倒産後に事業が継続されるのであれば、債権者にとって落札費用はサンクコストとなるわけですが、少なくとも経営者の収入はゼロになりますね。

すると経営者は金利費用を上乗せしてでも、倒産を回避する必要が出て来ます。競合他社も落札費用を負担しているので、対称的な戦略をとると考えても良いでしょう。長期限界費用の増加は価格に反映されます。

有利子負担で企業行動が変化する事を考えると、一般経済にある「企業」に『埋没費用』は無いのかも知れません。

yoko さんのコメント...

ncorrelated さん
返信どもです



繰り返しになっちゃうけど
サンクコストは支払いを続けなければならないか?とは無関係だよ~
取り返せるかどうか?がサンクコストの見極め方なのです



大学や授業ではなく我流で学んだ人だと知識に穴が出来るのはよくあること
気ずかないままになりがちなのでこうしてネットで突込みが入るのはいいチャンス
教科書とかでもう一度体系的に学びなおしてみるといいかもですね~

uncorrelated さんのコメント...

>>yoko さん
学部で使われている教科書を機械的に読んでいるとサンクコストに思われるのでしょうが、一般に利払いが固定費用になる事などを考えると、そうは不思議な現象ではないと思います。

債権者(もしくは株主)から見るとサンクコストになるわけですが、経営者から見ると固定費用になると考えると分かりやすいのかも知れません。倒産すれば経営者は利払いを気にせず済みますが、債権者の払ったコストは変化しませんからね。

学部の教科書を機械的に読んでいると、資本市場から資金調達を行うケースなどを想定できないのだと思います。どういう世界が前提なのかを、もう少し注意してテキストをお読みになると、より理解が深まると思いますよ。

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