近年のフェミニストはよく「有害な男らしさ」を批判していることもあって*1、ツイフェミの萌え絵非難に苛立つ表現の自由戦士のネット論客である青識亜論氏が、ロシアのウクライナ侵攻にかこつけて「有害な男らしさ」批判を批判している*2のだが、「有害な男らしさ」の意味を、(1)フェミニストが用いるときにあわせず、(2)独自定義の意味を明確に宣言しないので*3、すべてが空虚な議論になっている。
1. フェミニスト的にも全ての男らしさが有害ではない
どうも青識亜論氏は「男らしさ」と「有害な男らしさ(toxic masculinity)」を同じ意味で捉えているのだが、英語的にはtoxicはmasculinityを限定しているし、toxic masculinityの説明を読んでも「男らしさは有害である」と言う議論にはなっていない。ゆえに「無害な男らしさ」「有益な男らしさ」もある。positive/healthy masculinity.青識亜論氏は「炎上(と燃やす、火をつける)」*4「反転可能性テスト」*5「キャンセルカルチャー」*6など既存の意味と異なる意味で用語を用いる癖があるのだが、「有害な男らしさ」も独自の意味で用いている。語義曖昧論法を駆使した藁人形論法と言う誤謬推理に陥っている。
2. 自己犠牲の精神は有害な男らしさに含まれない
近年のフェミニストの言う「有害な男らしさ」とは何であろうか。トートロジー的にフェミニストにとって有害な性質や振る舞いなのは間違いないが、これでは具体性が無さすぎる。説明を読むと、女性蔑視、男性同性愛者嫌い、いじめを含む攻撃性、感情の抑制、問題を自分一人で抱え込んでしまう性質(独立独歩の精神)が例として挙げられている一方、どうも労働で家計を支えることや、社会的弱者への配慮自体*7や家庭や社会のための自己犠牲である騎士道精神(chivalry)は「有害な男らしさ」に含まれない。また、ミソジニー男性から女性を守る新たな騎士道精神(chivalry)は歓迎されている*8。
祖国のために外敵と戦う「男らしさ」が「有害な男らしさ」に入る可能性は低い。リベラル・フェミニストは女性も男性のように振舞うべき的な主張をしてきており*9、1970年代のリベラル・フェミニストは、徴兵制の女性への適用に賛成していた*10。フェミニストにとっても国防は必要で、有害ではない。女性の参加を阻害するような「女性に○○は無理だから、男性がやるべし」と言った慈悲的性差別主義(benevolent sexism)*11になる騎士道精神(chivalry)は「有害な男らしさ」に含まれるが、男性が望んで従軍しても女性に軍役は無理と主張したことにはならない。実際、ウクライナ軍には女性兵士も2割以上いる*12。
3. 女性にとって都合のよい男らしさ
生物学的な男らしさと言うよりは、女性の権利拡大・地位向上運動に従事するフェミニストから見た規範的な男性像になっていることには注意しよう。『男と女の心と脳』あたりで紹介される生物学的な男らしさは概ね女性に都合よくはない。さらに、「有害な男らしさ」の理解のために「有益な男らしさ」も考えておこう。私が女性から直接聞いたことのある男らしいと言われる振る舞いや状態は、
- 女性を養える甲斐性(所得や資産)がある
- 女性の力仕事を代行できる
- 迷惑をかけても怒らない、根に持たない
- 自己主張をしない
- 愚痴を聞いてくれて、愚痴は言わない
- 女性の主張や愚痴で事実関係を細かく追求しない
と言った感じである。皆さんの体感にあった特徴になっているかは分からないが、女性にとって都合のよい男性像になっている。上記条件を満たしたらモテるとは聞かないが。
ところで以前、上記のリストをつぶやいたところ、ネット界隈からは「男らしい=女に仕える奴隷」と言うリプライを多数頂いた。怒っている人もいたのだが、直接男らしくなれと要求されたわけでもないであろうし、女性が上記定義で男らしい異性を見つけられるとは限らない。欲張りに思えても、そっと見守ってあげよう。
*1女優エマ・ワトソンの国連でのスピーチが言及されていた。
*2例えば以下のツイート:
みんなさっさと降伏して、祖国を捨てれば楽になるのに、それでも戦う彼らは、女子供を逃がして、首都にとどまって戦うウクライナの男たちの愛国心は、まさしくこれ以上ないぐらいの「有害な男らしさ」ですよ。
— 青識亜論(せいしき・あろん) (@BlauerSeelowe) February 27, 2022
*3語義を曖昧にしておいて非難されると文意は異なると反論する行為はモット・アンド・ベイリー論法と言う詭弁になるのだが、そうなってしまう可能性があるのでよろしくない。
*4非難が集中することが炎上と呼んでいるはずなのだが、青識亜論氏はあるツイフェミの個人が表現物を非難することを指して「炎上させる」「火をつける」と表現している。これは、ツイフェミ個人の行為を、組織的な威圧行為と誤解させる上に、放火と言う違法行為を連想させることで、ツイフェミの非難の内容ではなくて、非難と言う行為そのものが不徳なものだと思わせる可能性がある。
ツイフェミの個人が多数に表現物を非難するように組織的に指揮命令を行うか、意図的に誘導しているのであれば「炎上させる」と言えるかも知れないが、青識亜論氏が非難してきた事例にそのような痕跡はない。青識亜論氏がツイフェミを非難したことが呼び水になり、他の多くのオタク、表現の自由戦士がツイフェミを非難することは過去に何度もあったと思うが、青識亜論氏がツイフェミを炎上させたとは言えないわけで、同様にツイフェミが表現物を炎上させたとも言えない。
*5関連記事:ネット論客の青識亜論氏の反転可能性テストが、よく考えると成立していない件
*6関連記事:萌え絵への非難はキャンセルカルチャーの範疇に入らないから
*7無根拠に女性を無能力な社会的弱者と位置づけると、有害と認定される蓋然性が高い。
*8慈悲的性差別主義(benevolent sexism)になる騎士道精神(chivalry)はオワコン扱いのようだけれども、ミソジニー男性から女性を守る新たな騎士道精神(chivalry)は歓迎されているので、女性に有益であったら「男らしさ」は否定されていない(How does ‘Chivalry’ fit in a Feminist World? | chivalry, Feminism, gender equality and more | Carmesi Flowing Thoughts blog)
*9関連記事:なぜ女は昇進を拒むのか ? 進化心理学が解く性差のパラドクス
「男らしい」と言う規範の集合の要素すべてが有害とはならないが、男性がこうあれ、女性はこうあれと言う性規範は非難されているので、規範の集合につけた「男らしい」と言うラベルが不適切と言う話にはなりえる。
*10Conscription and sexism - Wikipedia
ラディカル・フェミニストは女性の徴兵に反対していたようだが、徴兵自体に反対とは書かれていない。なお、軍の組織が「有害な男らしさ」を男性に刷り込むとか、女性が活躍できない体質だとか、はたまた国防費が多すぎるとか言う観点での非難はある一方、国防自体が不要と言う議論は説明に入れるべきほどの数の意見ではないようだ。
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